異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。
最終話.ありったけのしあわせを!
「――こらっヴィクター、どこ行くの!」
「ぐっ」
ヴィクターがギクリと肩を跳ねさせた。
抜き足差し足で執務室から脱出しようとしていたのを、すぐさま腕に抱き着いて捕獲する。
私の力なんて簡単に振りほどけるはずなのに、ヴィクターはあきらめたみたいに大人しく連行されていく。執務机に無理やり座らせて、羽根ペンをその手に握らせた。
「ほら、カイルさんが急ぎの書類だけ選り分けてくれたからね? ぜーんぶ終わったら訓練に行っていいから、集中して頑張って!」
「……いや、だが外は雲行きが怪しい。雨になるかもしれんから、ここは先に訓練を済ませておくべきでは」
「どこがよ! 晴れ渡ってるでしょうが!?」
一喝すれば、ヴィクターは首をすくめた。
しかめっ面ながらもようやく書類に向き合ってくれたので、私も自分の勉強を再開する。騎士団の分厚い日誌を開き、過去にさかのぼってしっかりと読み込んでいく。
――月の儀式を終えて、早いものでもう半年が経った。
人間になったり聖獣になったりするおかしな存在は、幸いなことにお屋敷にも騎士団にもあっさり受け入れてもらえた。だからこうして、今も私は騎士団本部に入り浸っている。
ルーナさんの魔法によって、念願叶って異世界の文字も読めるようにしてもらえた。ヴィクターたちと一緒に働くため、目下私は必死で勉強中なのだ。
「うう、いつになったらみんなの役に立てることやら……。元の世界でも社会人一年生だったし、こっちとは常識も何もかも違うし」
カイルさんからは、まず過去十年分の日誌を読んでね、仕事を教えるのはそれからだよ、とにこやかに日誌の山を渡された。その膨大な量に私は茫然自失である。
手を止めたヴィクターが、眉根を寄せて私を見る。
「……別に、無理に働かずとも構わんだろう。お前がここにいるだけで、全員が充分に満足している」
「ヴィクターも?」
「ああ。だからシーナに変身して、今から一緒に訓練に行かないか」
行きません!
ていうか訓練じゃなくって、デートくらい誘おうよ。女心のわからん朴念仁め。
「あーあ。ヴィクターが仕事しないなら、私もキースさんに会いに聖堂へ遊びに行こうかなぁ」
「な……っ!」
途端にヴィクターが目を吊り上げる。
私はその様子にほくそ笑みながら、「ほらほら」と書類の束をすべらせた。
むっつり黙り込んだヴィクターは、ヤケクソのように羽根ペンを走らせる。
カリカリという音だけが部屋に響き、私は頬杖をついてヴィクターを見守った。
儀式以降、意外にも聖堂とは良好な関係を築いている。
というのも、聖堂が率先してヴィクターと私の盾になってくれているからだ。何からの盾かというと、ヴィクターの実家――つまりは王族である。
今まで散々いないものとして扱ってきたくせに、ヴィクターが月の聖獣を得たと知った途端、王族はあからさまにヴィクターにすり寄ってきた。
神の祝福を国民に等しく分け与えるとは見上げた精神だ、今後は聖獣様と共に王城で暮らすがよい、などと甘言を弄して私たちに接近してくる。
それに大激怒したのが聖堂である。
『月の女神ルーナ様はお二人の門出を祝福し、陰からそっと見守るようにとおっしゃいました! ルーナ様のご命令を無視するとは何事か!』
月の聖堂の発言力は強い。
私たちが王族と直接やり合わなくても、腕まくりして矢面に立ってくれる。それがありがたくて、私はキースさんに会いがてらちょくちょく聖堂に顔を出しているのだ。
「この間は神官長に怒られちゃったけどね。礼拝にヴィクターもたまには参加してください、って。次は連れて行くって約束しといたからね?」
「は!?」
「いいじゃない。それで、礼拝の帰りにデートしようよ。この間の休みみたいに王都をぶらぶらして、お店を眺めて甘いものを食べて、お屋敷のみんなにお土産を買って帰るの」
ヴィクターは虚を突かれたように黙り込み、ふっと笑――……いかけて厳しく表情を引き締めた。
「ふん、仕方なかろう」
「そうそう。ルーナさんにいっぱい近況報告してあげて?」
おごそかな礼拝の間中、私はいつもルーナさんとのガールズトークを楽しんでいる。
ヴィクターにはルーナさんの声は聞こえないだろうけど、ヴィクターの声は天上世界にちゃんと届くのだ。ルーナさんもきっと喜んでくれると思う。
「さっ、そうと決まればお仕事お仕事! 頑張ってヴィクター!」
「ああ」
「ぱえっ、ぱぇぱぁ〜!」
ぽむっとシーナちゃんに変身して応援する。
ヴィクターはもふもふと私を撫で回すと、それからは怒涛の速さで仕事を終わらせた。
その日は定時で上がれたこともあり、馬車ではなく徒歩でお屋敷に帰ることにした。真っ赤な夕陽の下を、人間に戻ってヴィクターと二人で並んで歩く。
儀式の成功により、魔獣の数は目に見えて減っていった。
それでも魔獣の被害はゼロではないし、第三騎士団の仕事はなくならない。有事に備えて訓練だって欠かせないのだ。
「聖獣様ー! 売れ残りですが、よろしければお持ち帰りください!」
「聖獣様、こちらもこちらも!」
店じまいしかけている露店から、店員さんたちが元気よく呼び掛ける。
ヴィクターと一緒に店をひやかし、タダで構わないと言うのを無理やりお金を押しつけて購入する。しっかり値引きはしてもらい、私はほくほくと戦利品を抱き締める。
「果物にお野菜、それからお菓子も! ありがとうございました、お屋敷のみんなも喜びます」
「……ああ、ついでにそれもくれ」
ヴィクターから直接声を掛けられ、店員さんがびくっと肩を揺らした。けれどすぐに、嬉しそうに顔をほころばせる。
「束ねましょうか?」
「ああ」
「……はい、お待たせいたしました!」
出来上がった可愛らしいサイズの花束を、ヴィクターは無言で私に押しつけた。買い物袋を奪い取り、私の手を引いてさっさと歩き出す。
こっそり見上げれば、慣れないことをしたせいか耳が赤くなっている。私は笑いをこらえ、花の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「わあ、いいにおい! 帰ったら早速部屋に飾らなきゃ。ありがとね、ヴィクター!」
「……ああ」
基本「ああ」しか言わんなこの男。
ツボに入って笑う私に、ヴィクターがまたちょっぴり赤くなる。私はいたずらっぽく彼を見上げ、繋いだ手を子どもみたいにぶんぶん振った。
「お腹減っちゃったし、早く帰ろ。明日もこんなふうに寄り道しようね?」
「仕事が早く終わればな」
「真面目にやれば終わりますとも」
すかさず混ぜっ返し、笑い合う。
今日は結構長いこと人間でいたし、夜ごはんはシーナちゃん状態で食べようかな。
そして食後は部屋に戻って、ヴィクターの膝でゆっくりくつろごう。今日の分の魔素もしっかり吸収しておかなきゃね。
(こうやって、私が毎日魔素を吸収していけば――……)
いつの日か、ヴィクターの魔素が枯渇する日が来るかもしれない。それは少年の最期の願いでもある。
そしてその時にはきっと、瞳から緋の色も消え去ることだろう。そこまで考え、私はちらりとヴィクターを窺った。
「……ね、ヴィクター。ヴィクターは自分の瞳の色のこと、嫌い?」
屈んでもらってこそこそと耳打ちすれば、ヴィクターは目を丸くした。しばし考え込み、ややあって「いや」ときっぱり首を横に振った。
「以前はずっと、この身を呪わしく思っていた。……が、今は違う。俺のこの色は魔素のせいだと、お前が教えてくれたからな」
魔素という単語だけ声を落とし、ヴィクターが淡々と語る。
そう、迷ったけれど私はルーナさんと相談し、ヴィクターにだけは打ち明けることにしたのだ。その時は「そうか」とぽつりと答えただけだったけれど……。
固唾を呑んで続きを待つ私に、ヴィクターはふわりとやわらかく微笑んだ。
「そして、こうも言っていたろう。魔素があるからこそ、お前は俺を選んで助けを求めたのだと。ならばこの色は、俺にとっては呪いなどではない。――俺に幸福と光を与えてくれた、最上級の祝福だ」
「……っ」
ヴィクターのまっすぐな言葉に胸が詰まる。
何か答えなければと思うのに、唇が震えるばかりで声が出ない。ただ繋いだ手に力を込める。
日が落ちて、一番星が彼方で輝く。
きっともう少しすれば月も見えるだろう。今夜は天上世界に呼んでもらおうか。ルーナさんとおしゃべりして、シーナちゃん軍団と鬼ごっこして遊ぶのだ。
明日はまた早起きをして、ヴィクターと一緒に出勤する。次の休みには礼拝と、デートの約束もしっかり取りつけた。
そうそう、キースさんがそろそろお泊り会がしたいって駄々をこねていたから、カイルさんも誘って日程を決めないとね。
未来はこの上もなく輝いていて、やるべきことでいっぱいだ。
私はわくわくして足を早める。ヴィクターはわざとのように悠々と歩く。
緋の瞳は、月の聖獣に愛された者のあかし。
神の祝福を受けながら、惜しむことなく他者に分け与えた心優しき者の色。
小さな聖獣は彼と添い遂げたいと強く願い、月の女神の奇跡によって人間の姿を得たという。
種族を超えた二人の恋物語は、人々の心に鮮烈に焼きついた。それこそ遥か昔の魔王の伝説など、やすやすと上書きしてしまうほどに。
親から子へ、子から孫へ。月の伝承としてこの国で末永く語り継がれていくのは――……
――もう少しだけ、先のお話。
「ぐっ」
ヴィクターがギクリと肩を跳ねさせた。
抜き足差し足で執務室から脱出しようとしていたのを、すぐさま腕に抱き着いて捕獲する。
私の力なんて簡単に振りほどけるはずなのに、ヴィクターはあきらめたみたいに大人しく連行されていく。執務机に無理やり座らせて、羽根ペンをその手に握らせた。
「ほら、カイルさんが急ぎの書類だけ選り分けてくれたからね? ぜーんぶ終わったら訓練に行っていいから、集中して頑張って!」
「……いや、だが外は雲行きが怪しい。雨になるかもしれんから、ここは先に訓練を済ませておくべきでは」
「どこがよ! 晴れ渡ってるでしょうが!?」
一喝すれば、ヴィクターは首をすくめた。
しかめっ面ながらもようやく書類に向き合ってくれたので、私も自分の勉強を再開する。騎士団の分厚い日誌を開き、過去にさかのぼってしっかりと読み込んでいく。
――月の儀式を終えて、早いものでもう半年が経った。
人間になったり聖獣になったりするおかしな存在は、幸いなことにお屋敷にも騎士団にもあっさり受け入れてもらえた。だからこうして、今も私は騎士団本部に入り浸っている。
ルーナさんの魔法によって、念願叶って異世界の文字も読めるようにしてもらえた。ヴィクターたちと一緒に働くため、目下私は必死で勉強中なのだ。
「うう、いつになったらみんなの役に立てることやら……。元の世界でも社会人一年生だったし、こっちとは常識も何もかも違うし」
カイルさんからは、まず過去十年分の日誌を読んでね、仕事を教えるのはそれからだよ、とにこやかに日誌の山を渡された。その膨大な量に私は茫然自失である。
手を止めたヴィクターが、眉根を寄せて私を見る。
「……別に、無理に働かずとも構わんだろう。お前がここにいるだけで、全員が充分に満足している」
「ヴィクターも?」
「ああ。だからシーナに変身して、今から一緒に訓練に行かないか」
行きません!
ていうか訓練じゃなくって、デートくらい誘おうよ。女心のわからん朴念仁め。
「あーあ。ヴィクターが仕事しないなら、私もキースさんに会いに聖堂へ遊びに行こうかなぁ」
「な……っ!」
途端にヴィクターが目を吊り上げる。
私はその様子にほくそ笑みながら、「ほらほら」と書類の束をすべらせた。
むっつり黙り込んだヴィクターは、ヤケクソのように羽根ペンを走らせる。
カリカリという音だけが部屋に響き、私は頬杖をついてヴィクターを見守った。
儀式以降、意外にも聖堂とは良好な関係を築いている。
というのも、聖堂が率先してヴィクターと私の盾になってくれているからだ。何からの盾かというと、ヴィクターの実家――つまりは王族である。
今まで散々いないものとして扱ってきたくせに、ヴィクターが月の聖獣を得たと知った途端、王族はあからさまにヴィクターにすり寄ってきた。
神の祝福を国民に等しく分け与えるとは見上げた精神だ、今後は聖獣様と共に王城で暮らすがよい、などと甘言を弄して私たちに接近してくる。
それに大激怒したのが聖堂である。
『月の女神ルーナ様はお二人の門出を祝福し、陰からそっと見守るようにとおっしゃいました! ルーナ様のご命令を無視するとは何事か!』
月の聖堂の発言力は強い。
私たちが王族と直接やり合わなくても、腕まくりして矢面に立ってくれる。それがありがたくて、私はキースさんに会いがてらちょくちょく聖堂に顔を出しているのだ。
「この間は神官長に怒られちゃったけどね。礼拝にヴィクターもたまには参加してください、って。次は連れて行くって約束しといたからね?」
「は!?」
「いいじゃない。それで、礼拝の帰りにデートしようよ。この間の休みみたいに王都をぶらぶらして、お店を眺めて甘いものを食べて、お屋敷のみんなにお土産を買って帰るの」
ヴィクターは虚を突かれたように黙り込み、ふっと笑――……いかけて厳しく表情を引き締めた。
「ふん、仕方なかろう」
「そうそう。ルーナさんにいっぱい近況報告してあげて?」
おごそかな礼拝の間中、私はいつもルーナさんとのガールズトークを楽しんでいる。
ヴィクターにはルーナさんの声は聞こえないだろうけど、ヴィクターの声は天上世界にちゃんと届くのだ。ルーナさんもきっと喜んでくれると思う。
「さっ、そうと決まればお仕事お仕事! 頑張ってヴィクター!」
「ああ」
「ぱえっ、ぱぇぱぁ〜!」
ぽむっとシーナちゃんに変身して応援する。
ヴィクターはもふもふと私を撫で回すと、それからは怒涛の速さで仕事を終わらせた。
その日は定時で上がれたこともあり、馬車ではなく徒歩でお屋敷に帰ることにした。真っ赤な夕陽の下を、人間に戻ってヴィクターと二人で並んで歩く。
儀式の成功により、魔獣の数は目に見えて減っていった。
それでも魔獣の被害はゼロではないし、第三騎士団の仕事はなくならない。有事に備えて訓練だって欠かせないのだ。
「聖獣様ー! 売れ残りですが、よろしければお持ち帰りください!」
「聖獣様、こちらもこちらも!」
店じまいしかけている露店から、店員さんたちが元気よく呼び掛ける。
ヴィクターと一緒に店をひやかし、タダで構わないと言うのを無理やりお金を押しつけて購入する。しっかり値引きはしてもらい、私はほくほくと戦利品を抱き締める。
「果物にお野菜、それからお菓子も! ありがとうございました、お屋敷のみんなも喜びます」
「……ああ、ついでにそれもくれ」
ヴィクターから直接声を掛けられ、店員さんがびくっと肩を揺らした。けれどすぐに、嬉しそうに顔をほころばせる。
「束ねましょうか?」
「ああ」
「……はい、お待たせいたしました!」
出来上がった可愛らしいサイズの花束を、ヴィクターは無言で私に押しつけた。買い物袋を奪い取り、私の手を引いてさっさと歩き出す。
こっそり見上げれば、慣れないことをしたせいか耳が赤くなっている。私は笑いをこらえ、花の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「わあ、いいにおい! 帰ったら早速部屋に飾らなきゃ。ありがとね、ヴィクター!」
「……ああ」
基本「ああ」しか言わんなこの男。
ツボに入って笑う私に、ヴィクターがまたちょっぴり赤くなる。私はいたずらっぽく彼を見上げ、繋いだ手を子どもみたいにぶんぶん振った。
「お腹減っちゃったし、早く帰ろ。明日もこんなふうに寄り道しようね?」
「仕事が早く終わればな」
「真面目にやれば終わりますとも」
すかさず混ぜっ返し、笑い合う。
今日は結構長いこと人間でいたし、夜ごはんはシーナちゃん状態で食べようかな。
そして食後は部屋に戻って、ヴィクターの膝でゆっくりくつろごう。今日の分の魔素もしっかり吸収しておかなきゃね。
(こうやって、私が毎日魔素を吸収していけば――……)
いつの日か、ヴィクターの魔素が枯渇する日が来るかもしれない。それは少年の最期の願いでもある。
そしてその時にはきっと、瞳から緋の色も消え去ることだろう。そこまで考え、私はちらりとヴィクターを窺った。
「……ね、ヴィクター。ヴィクターは自分の瞳の色のこと、嫌い?」
屈んでもらってこそこそと耳打ちすれば、ヴィクターは目を丸くした。しばし考え込み、ややあって「いや」ときっぱり首を横に振った。
「以前はずっと、この身を呪わしく思っていた。……が、今は違う。俺のこの色は魔素のせいだと、お前が教えてくれたからな」
魔素という単語だけ声を落とし、ヴィクターが淡々と語る。
そう、迷ったけれど私はルーナさんと相談し、ヴィクターにだけは打ち明けることにしたのだ。その時は「そうか」とぽつりと答えただけだったけれど……。
固唾を呑んで続きを待つ私に、ヴィクターはふわりとやわらかく微笑んだ。
「そして、こうも言っていたろう。魔素があるからこそ、お前は俺を選んで助けを求めたのだと。ならばこの色は、俺にとっては呪いなどではない。――俺に幸福と光を与えてくれた、最上級の祝福だ」
「……っ」
ヴィクターのまっすぐな言葉に胸が詰まる。
何か答えなければと思うのに、唇が震えるばかりで声が出ない。ただ繋いだ手に力を込める。
日が落ちて、一番星が彼方で輝く。
きっともう少しすれば月も見えるだろう。今夜は天上世界に呼んでもらおうか。ルーナさんとおしゃべりして、シーナちゃん軍団と鬼ごっこして遊ぶのだ。
明日はまた早起きをして、ヴィクターと一緒に出勤する。次の休みには礼拝と、デートの約束もしっかり取りつけた。
そうそう、キースさんがそろそろお泊り会がしたいって駄々をこねていたから、カイルさんも誘って日程を決めないとね。
未来はこの上もなく輝いていて、やるべきことでいっぱいだ。
私はわくわくして足を早める。ヴィクターはわざとのように悠々と歩く。
緋の瞳は、月の聖獣に愛された者のあかし。
神の祝福を受けながら、惜しむことなく他者に分け与えた心優しき者の色。
小さな聖獣は彼と添い遂げたいと強く願い、月の女神の奇跡によって人間の姿を得たという。
種族を超えた二人の恋物語は、人々の心に鮮烈に焼きついた。それこそ遥か昔の魔王の伝説など、やすやすと上書きしてしまうほどに。
親から子へ、子から孫へ。月の伝承としてこの国で末永く語り継がれていくのは――……
――もう少しだけ、先のお話。