ファンは恋をしないのです
0.それはまるで雷のような
 声優が行うライブというものに行ったのは『それ』が最初ではなかったが、お目当てではないユニット、グループ、…言い方は様々あるそれに射抜かれて帰ってくるなんてことがあるなんて。

「…すっごい…キラキラが…止まらない…!」

 うわごとのように、ライブ中にもライブ後にも繰り返したその言葉を、1週間が経とうとする今日もまた呟いては、ため息をつく。

「それで、里依(りい)はまだこっちに帰ってきてないわけ?」
「いやだって…あんな凄いものを、すごい場所で見ちゃったんだよ…?帰ってこれるはずがなくない?魂はまだアリーナにいるよ…。」
「まぁ確かに、多分二度とあの席には座れないね。」

 アリーナが当たったことも奇跡だった。その上アリーナの前から2つ目かつ、真ん中のブロックが当たっていたことが会場に行って判明し、結局は公演中に頭上をムービングステージが4度通っていったのだ。

「…すごかったねぇ…。声優さんたちも余韻に浸ってるのかSNSに写真がわんさか上がるしさ…。」
「ありがたい時代だよ、全く。」
「そのおかげで全く帰ってこれないよ!」

 里依は一度ジョッキをあおってから突っ伏した。ここは里依と怜花(れいか)お気に入りの居酒屋である。二人の家の中間地点にあるというのもそうだが、リーズナブルで美味しく、チェーン店ではない隠れ家的なところが気に入って、二人はここによく来てはオタクトークを炸裂させている。

「結局、推しの記憶はあるの?」
「あるよぉ…あるに決まってるじゃん…めちゃくちゃよかった…。文句なしにかっこよかった。」
「はいはい、そうね。だけど、里依はぜーんぜんノーマークだった彼で頭がいっぱい、と。」
「…いや、本当に…なんでこうなったんだろうね。」
「わかんないけど、でもまさか里依が『可愛い系』に落ちるなんてね…。」
「可愛い系に落ちたとかじゃないの!可愛かったからじゃなくて、…まさかあんなにかっこいいとは思わなかったんだって。…めちゃくちゃ王子様だった。手!手の差し出し方!見た?」
「見てないってば。違う方見てたもん。」
「信じられない!」
「そんなこと言われたって。」

 それはまるで雷のような衝撃だった。差し出された手があまりにも『如月朋希』(きさらぎともき)で。笑顔も、纏う光も、手を振る姿も、二次元と三次元の境目などなくて。

「すごいなぁ…三澄さん。完璧に王子様。完璧に朋希くん。すごいや。」

 里依がぽつりと呟いたその瞬間、隣のテーブルに座っていた男性二人組のうちの一人が突然咳込んだ。
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