ファンは恋をしないのです
『というかさ、声は掛けなかったの?』
『あ、はい!その方、あの…なんていうか、すごくうーん…何て言えばいいのかな、奥ゆかしい方で!』
『奥ゆかしい?』
『なんか、そもそも声優は声をあてるのが仕事だから、ライブに出る義務はないってはっきりおっしゃってて、こういう考え方のファンの方がいるんだぁ…って。だから多分、僕たちに声を掛けられたら委縮しちゃうだろうなって。本当は直接ありがとうございますって言いたかったんですけどね。』
『うわーなるほど!じゃあこの場を借りて!』
『あ、そっか。これなら見てるかもしれないかな?ライブを見てくださった方、配信でも現地でも心を寄せてくださった皆さん、ありがとうございました。今出せる朋希くん、全部出したと思います!後日ブルーレイなども出るみたいですので、チェックよろしくお願いします。』

 三澄が深々と頭を下げた。それと同時に、里依は声もなく頭を抱えた。

「…私のこととは限らない…よね?」
「と思えますか、ここまで似てて。」
「…くっ…!」

 絶妙な線で正確な情報が、里依を刺した。

「フォーカクが本来の推し。三澄さんについて言及した言葉は一字一句違わず、里依が言った。」
「…はい。」

 怜花の言うとおりだった。本人に言うつもりはなかったが、怜花には確かに言った。

「声優は声をあてるのが仕事だから、ライブに出る義務はない。これは、里依が常日頃から言ってるやつだよね?」
「おっしゃる通りです。」
「いつもの居酒屋は席が近い。隣に座っていたのは男性二人組。」
「…そうでした。」
「タイミング的にも、割と近い。」
「…そうですね。」
「ってことは、また行けば会えるんじゃないの?」
「絶対ダメでしょ!何言ってんの!」

 一人暮らしの部屋で、スマートフォンに向かって里依は立ち上がって叫んだ。

「なんで?っていうか、私はあそこ、お気に入りだから行けなくなるの、嫌なんだけど。」
「そうかもしれないけど…。とりあえずほとぼり冷めるまでなし!」
「ええ~!すぐ新メニュー出るじゃんか、店長の気まぐれで。食べ逃ししたくない!」
「…とか言って、エンカウントするの狙ってるでしょ?」
「まぁ、食い気と面白さが半々ってところかな。」
「他人事だと思って!」
「いやでもさ、直接感想とか伝えられたらそれに越したことはないかなって。別に文句とか言うわけじゃないんだし。ま、偶然がまた起こればってだけの話だよ、里依。」

 ふふと笑っている怜花はひどく楽しそうだ。里依の方はというと、先ほどからズキズキと頭が痛むというのに。
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