『夢列車』   ~過去行き、未来行き~
 15分前に現場に着いた。
 松山さんは既にスタンバイしていた。
 この工事で一緒に交通誘導警備をしている仲間だ。
 愛媛県宇和島市出身の彼は、「宇和島出身の松山です」というのが自己紹介の決まり文句だった。
 これが間違いなく受けると思っているようだった。
 しかし、反応する人はいなかった。
 ほとんどの人は宇和島市のことを知らないのだ。
 そもそも宇和島市どころか、松山市も愛媛県も知っている人は多くないのだ。
 その前に四国四県の名称と位置を正確に言える人さえほとんどいないのだ。
 だから、愛媛とは縁もゆかりもない浜松市でこんな自己紹介をしても相手にされるわけがないのだ。
 しかし、松山さんは初対面の人が現れると懲りずに言い続けていた。
「宇和島出身の松山です」と。

 今日の打ち合わせは5分で終わった。
 持ち場に行こうとしていた松山さんが立ち止まって振り返り、「ビーちゃん、休憩の時、声かけてな」と言って、手を上げた。
 わたしはつられるように手を上げたあと、小さく頷いた。
 
 ビーちゃんか……、
 
 彼が付けたわたしのあだ名に苦笑した。
「イマジン、レノン、とくればビートルズだよな」と言って、勝手にビーちゃんと呼び始めたのだ。
 まあいいけど……、
 
 その日は交通量が少なく、どちらかというと手持ち無沙汰だった。
 途中であくびが出そうになって何度も堪えたほどだ。
 その分、時間の経つのが遅かった。
 だから、なかなか休憩時間にならなかった。
 何度も何度も時計を確認した。
 
 
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