『夢列車の旅人』 ~4人の想いを乗せて過去へ、未来へ~
 東京に戻った俺がバンドに復帰することはできなかった。精神面だけでなく、肉体的な問題を抱えていた。事故直後に痺れていた左腕が回復しないのだ。体調が戻ったあとも痺れ続けていた。筋や神経が痛んでいるわけではないのに痺れが取れないのだ。医者は精神的なものから来るのかもしれないと言った。どちらにしても、肘から下が痺れて感覚が麻痺していた。そのせいで指が思うように動かせなかった。
 それは、ギタリストにとって致命的とも言えるものだった。それくらい左手の指は大事なものなのだ。コードを押さえるのも単音を押さえるのも左手の指で、ピックを持つ右手の指がどんなに速く動いても左手の指が動かなければ速弾きはできない。左手の指を思うように動かせないのはギタリストにとって死を意味することと同じなのだ。
 そんな状態の中、彼女の家族が荷物を引き取りに来た。彼らが出て行くと、ガランとなった部屋に一人で取り残された。その上、賃貸契約を解除されてしまったから、ここに住めるのは月末までだった。新たな契約をしようにも、無職になった俺にそんな金はなかった。ギターとアンプとラジカセを売り払った金と最低限の荷物を持って、契約最終日に部屋をあとにした。レコードとCDは親身に面倒を見てくれた新宿のライヴハウスのオーナーに預かってもらった。いつか取りに来るから、と言い残して東京を脱出した。
 
 
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