『夢列車の旅人』 ~想いを乗せて列車は走る。過去へ、未来へ~
徳島絵美
       ∞ 10月5日 ∞

 浜松駅の新幹線改札口は閑散としていた。
 月曜日なのでGo Toトラベルを利用する観光客が少ないのかもしれないが、ビジネス客の大幅減少が原因のようにも思われた。
 今年の春以降、感染防止と経費削減のために出張業務が大きく減っているらしいのだ。
 
 14時27分、時間通りに〈ひかり〉が到着したようだ。
 1時間に1本しかないひかりだ。
〈のぞみ〉は通過するだけなので、ひかりを乗り過ごすと〈こだま〉しか残っていない。
 もしこれに乗っていなければ、次の到着は15時19分になる。
 
 降車した人たちがエスカレーターと階段を下りてきた。
 その先頭は若い男性で、かなり急いでいるのか、顔が焦っているように見えた。
 その後ろから夫婦らしき老人が何組かと、小さな女の子を連れた若いお母さんが下りてきた。
 わたしは目を凝らしていたが、探している人の姿は見えなかった。
 降りる人が途絶えても、濃紺のパンツスーツ姿の女性は現れなかった。
 
 5分待った。
 しかし、待ち人は来なかった。
 乗り遅れたのだろうか? 
 あと40分待つことを覚悟して、電光掲示板を見上げた。
 間違いなく、15時19分着のこだま729号名古屋行きと掲示されていた。
 それを目に焼き付けて、どこで時間を潰すか、考えた。
 すると、改札口の反対側にあるエキマチウエストの中にスターバックスがあることを思い出した。
 全面禁煙でゆったりと過ごすことができるので、そこでラテを飲むことにした。
 いつもコンビニで100円コーヒーを飲んでいる身としては贅沢だが、たまにはいいだろう。
 左手でジーンズの前ポケットに入っている小銭入れを掴んで、スタバへ向かった。
 
 10歩ほど歩いた時だった。
「すみませ~ん」という声が背後で聞こえた。
 振り返ると、改札を抜けようとする女性が手を振っていた。
 濃紺のパンツスーツ姿だった。
 
 
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