『夢列車』   ~過去行き、未来行き~
 わたしはエスプレッソに手を伸ばした。
 ラテでは子供っぽいかなと思ってエスプレッソに変えたのだ。
 彼女は抹茶ティーラテだった。
 唇にミルクが付かないように上品に口を付けてから、わたしに視線を戻した。
「お仕事をお休みされたんですよね。兄のことでご迷惑をおかけして申し訳ありません」
 彼女はまた頭を下げた。
 これで3回目だ。
「いえ、このところずっと働きっぱなしだったので、丁度良かったんですよ」
「そう言っていただけると助かります」
 軽く頭を下げながら、上目遣いにわたしを見た。
 それがちょっと色っぽかったので体が反応しそうになったが、いやらしさが顔に出ないように口元を引き締めてから本題に入った。
「ところで、お兄さんからの伝言なのですが」
 高松さんから言付かったことをすべて話すと、彼女はわたしの一言一言(ひとことひとこと)に驚きの表情で反応した。
「過去行きの列車……」
「16世紀のフィレンツェ……」
「ラファエッロの弟子……」
「二度と帰ってこない……」
 ゆらゆらと何度も首を横に振って、信じられないというような目でわたしを見つめた。
 それはそうだ。
 こんなことを信じられる人がいるわけがない。
 あの時わたしが言った通りだった。
「そんなことを言っても妹さんは信用しませんよ」という懸念は当たっていた。
 高松さんは「大丈夫。私の妹だ。私のことをよく知っている。それに普通の女とは違う。あり得ないことでも理解することができる。だから大丈夫だ。ありのままを伝えて欲しい」と反論したが、それが正しくなかったことは彼女の表情に表れていた。
 
 
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