『夢列車の旅人』 ~4人の想いを乗せて過去へ、未来へ~
「右に1回、左に1回ですね。わかりました」
 アパートから10分ほど歩いたところにある美容院の横の喫茶店、といっても食堂のようにしか見えない店内で、彼女は囁くような声を出した。
 周りには誰もいなかったが、声を潜めて告げたわたしに対して同調するような言い方だった。
「番号の予測はつきますか?」
 彼女は、大丈夫、というような表情で頷いた。
「兄の生年月日だと思います。でも違っていたら私の生年月日かもしれません」
 なるほど、その可能性は大いにある。
 あるが、そんな単純な番号を設定するだろうか? 
 すとんと腹に落ちてこなかったので「それも違っていたら?」と訊くと、わたしをじっと見つめて、「お手上げです」と両手を広げた。
 その途端、気まずい沈黙に包まれてしまった。
 彼女が視線を落としたので、つられるようにわたしもテーブルを見つめ、コーヒーカップに手を伸ばしたが、生ぬるくなっていた。
 彼女も同じようにコーヒーカップに手を伸ばしたが、空になっていることに気づいたようで、ガラスコップを手に取った。
 
「とにかくやってみましょう」
 気まずさを振り落とすために敢えて前向きな口調で告げて、立ち上がった。
 続いて彼女も立ち上がろうとしたが、わたしはそれを手で制した。
「二人で行ったら人目につきます。一人でやってみますので番号を教えてください」
 彼女の横へ立って上半身を屈めると、彼女の口がわたしの耳に接近した。
「兄の生年月日は……。私のは……」
 彼女の誕生日を聞いて、思わず声を上げそうになった。
 なんと、自分と同じ誕生日だったのだ。
 まさか、こんな偶然があるなんて……、
 電流が耳から胸へ走り抜けて、心の鐘が早打ちを始めた。
 しかも、彼女の甘い香りが耳や髪に纏わりついて、脳が機能麻痺になりそうだった。
 ダメだ、ダメだ、こんなことに動揺していてはいけない、
 振り払うように頭を振り、彼女の前に左の掌を出して、その上に右の人差し指で数字を書いた。
 4つの数字を書き終わると、彼女が小さく頷いた。
「どこかこの辺りでブラブラしていてください。結果はすぐに電話しますから」
 わたしは伝票を掴んでレジへ向かった。
 
 店を出ると、空は曇り顔から笑顔に変わっていた。
 ひょっとしたら当たりが出るかもしれない。
 足取りが軽くなったわたしはアパートへの道を急いだ。
 
 
 
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