『夢列車』   ~過去行き、未来行き~
「絵描きになりたかったんだよな~」
 芋焼酎のお代わりをした高松さんがいきなり意味ありげな呟きを発したが、その目は無色の液体に注がれたままだった。
「画家、ですか?」
 わたしもグラスを見ながら呟くように返した。
「昔のことだけどね」
 美大に通っていたのだという。
 高松さんが美大生か……、
 ベレー帽を被った彼の若かりし頃を思い浮かべようとしたが、手塚治虫の似顔絵しか思い浮かばなかった。
「あんなことがなければね」
 家業が倒産して大学どころではなくなったのだという。
「オヤジが人がいいばっかりに……」
 友人の頼みを断り切れずに連帯保証人になったが、その友人が破産して夜逃げした結果、借金を全額背負うことになり、父親の事業も立ちいかなくなったのだという。
「よくある話だけど、まさか我が身に降りかかってくるとはね」
 それ以来、父親とは一度も口をきかなかったという。
「まっ、終わったことだけどね」
 その話はお終いというふうに芋焼酎を一気に呷ったが、「君も連帯保証人には気をつけなさいよ」と付け足してから、トイレに立った。
 わたしは高松さんの激変した人生に思いを馳せた。
 うまくいけば画家として活躍していたかもしれない彼にとって、今の生活はどういう意味を持つんだろう、と考え込んでしまった。
 
 
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