『夢列車』   ~過去行き、未来行き~
「ところで、本は好きかな?」
 トイレから帰ってきた高松さんは身の上話をオシッコと共に流してきたように、すっきりとした表情でわたしの顔を覗き込んだ。
「えっ、本ですか?」
 まだ連帯保証人の話を引き摺っていたわたしは、すぐに反応ができなかった。
 しかし、そんなことはお構いなしに、「今はまっている作家がいるんだけどね」と言ったあと、画家や絵画に(まつ)わる史実に基づいた小説を書く女性作家の名前を口にした。
 図書館で借りて読んでみろという。
 わたしはその名前を何度か口に出して、頭に覚え込ませた。
 
「じゃあ、そろそろ行くか」
 作家の話をスパッと終わらせて高松さんが立ち上がったので追随したが、まだ麦焼酎が三分の一ほど残っていたので、慌てて一気に飲み干した。

 コップを置いて追いかけると、高松さんは既にレジで支払いをしていた。
 わたしは財布を出して割り勘分を払おうとしたが、奢ると言って、受け取ってくれなかった。
 
 店を出たところで、「さっきは愚痴みたいになって悪かったな」とわたしの肩に手を置いた。
「とんでもないです」と返すと、「ありがとう。じゃあな」と言って背中を向けたが、その背中が寂しそうに見えた。
 肩が落ちているようにも見えた。
 そのせいか、遠ざかっていくその姿から目が離せなくなった。
 角を曲がって見えなくなるまで追い続けた。
 視界から消えた時、不意にメロディが頭をかすめた。
 何故か、歌謡曲だった。
 サビのところだけ知っている歌だった。
 人生いろいろ……、
 思わず口ずさんだが、高松さんの寂しそうな後姿が蘇ってきて、やるせなくなった。
 そのせいか、頭からそのメロディが消えることはなかった。
 わたしはまた口ずさんだ。
 男もいろいろ……、


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