『夢列車』   ~過去行き、未来行き~
 わたしは未来行きの電車に乗っていた。
 行先は『8月25日駅』
 5日後の未来だ。
 チャンス!
 未来の株価を確認するまたとない機会がやってきた。
 新聞の株式欄で今から5日後の株価を確認して、覚えて帰ればいいのだ。
〈どの会社がいいか〉と考えると、思い浮かんできたのは誰でも知っている大企業だった。
 トヨタ、ソニー、日立。
 これしかないと思った。
 この3社の株価を覚えて帰ることに決めた。
 
 トヨタ、ソニー、日立、トヨタ、ソニー、日立、
 と忘れないように何度か口にしていると、電車が止まった。
『8月25日駅』に到着していた。
 5日後の世界だから、あっという間に着いたようだ。
 電車を降りると、見覚えのある景色が目に入った。
 5日後の浜松に違いなかった。
 
 前回と同じように誘導灯に導かれて改札口の前に立つと、顔認証と指紋認証と遺伝子認証をされ、〈本人確認終了〉の文字がディスプレーに表示されて改札ドアが自動で開いた。

 改札口を抜けるのももどかしく(・・・・・)、コンビニへ急いだ。
 新聞を買うためだ。
 しかし、朝刊はどれも残っていなかった。
 売り切れたらしい。
 ヤバイ! 
 慌てて別の店に向かった。
 
 あった。
 日経新聞が1部だけ残っていた。
 すぐさま手に取って、お金を探した。
 しかし、なかった。
 ズボンのポケットにも半袖シャツの胸ポケットにもお金は入っていなかった。
〈立ち読みするしかないか〉と思ったが、雑誌じゃあるまいし店の中で新聞を広げるわけにはいかない。
 う~ん、と唸って天井を見上げた。
 そのまま唸り続けていると、ふと何かを感じた。
 カウンターからのようだった。
 店員が新聞を持つわたしの手を見ていた。
 知らんぷりをして持ち去るのではないかと警戒しているのかもしれない。
 んん、
 そんな気はないことを伝えるために喉を鳴らして、新聞を元の場所に戻した。
 すると、それを待っていたかのように中年のおじさんが手に取ってレジに持っていった。
 
 わたしはそのおじさんをつけた。
 どこかのベンチに座って読んでくれたら、後ろからこそっと盗み見するつもりだった。
 しかし、おじさんは新聞を豚バッグに仕舞って、早足に去っていった。
 小太り体型に似合わないスピードだった。
 わたしは呆然と見送った。
 
 
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