『夢列車』 ~過去行き、未来行き~
「松山さん!」
思わず大きな声が出た。
「ビーちゃん!」
松山さんは口に右手を当てて目を大きく見開いた。
ガラスを挟んで松山さんとわたしは固まったように立ち尽くした。
しばらくして、松山さんが口に当てていた手を離し、〈おいでおいで〉というように指が動いた。そして、入口を指差した。
その入口からカフェの中に入ると、がらんとして人気がなかった。
松山さんが一人座っているだけだった。
テーブルを挟んで彼と向き合った。
「なんでここにいるんですか?」「なんでここにいるの?」
二人が同時に声を発した。
先に答えたのは松山さんだった。
「未来の株価を見たくなってさ……」
8月17日の二度目の休憩時にコンビニで発した質問が切っ掛けなのだという。
「『あの~、もしもですよ。もしも松山さんが未来へ行けるとしたら、そこで何をしたいですか?』とビーちゃんから訊かれた時、未来の株価を知って大儲けしたい、というようなことを言ったのを覚えているか?」
わたしはすぐに頷いた。
その時の声色も表情もしっかり覚えていた。
「その時はバカなこと訊くなよって思っただけだったけど、仕事帰りに居酒屋で日本酒をチビチビやっていたら、そのことをふと思い出してさ。未来に行けたらいいな、未来の株価がわかったらいいな、そうしたら、このどん底の生活から抜け出せるな、なんてマジに考えちゃってさ」
寝る前に真剣に祈ったらしい。
〈未来に連れて行ってください、未来の株価を見せて下さい〉と。
すると、夢の中で列車に乗ってこの駅まで来たのだという。
「なんか色んなチェックされてさ、訳わかんなかったけど、されるがままになっていたらさ、〈本人確認終了〉という文字がディスプレーに出てさ、そしたら改札ドアが開いてさ、外に出ることができたから構内をぶらぶら見ていたらこのカフェが目に入ったんだよ。で、近づいてガラス越しに中を見たらこの席に日経新聞が置いてあったんで、誰かいるのかとキョロキョロ見たんだけど、誰もいなくて、こりゃー忘れ物だなと思って勝手に読ませてもらったわけさ」
わたしはその新聞に目を落とした。
その時、奇妙な事に気がついた。
テーブルの上には水もコーヒーカップもないのだ。
それに、店員らしき人もいない。
不思議に思ってそのことを尋ねると、「そうなんだよ。店員がいないんだよ。だから、何も注文できないんだよ」と困ったように両手を広げた。
「喉乾いて大変だったでしょう」
同情したが、意外にも首を横に振った
「そうでもないんだよ。喉は乾かないし、腹も減らないんだ。眠くもならないし……、どうしてかな? 夢の中だからかな?」
松山さんは頬杖をついて不思議そうな顔をした。
わたしは何がなんだかわからなくなったが、必死になって頭の中を整理してこの話の出口を探った。
「ずっとその新聞を見ていたのですか?」
彼は大きく頷いた。
「真っ先にスポーツ欄を見て、ソフトバンクが勝ったかどうか探した。でも、試合はなかった。じゃあ、Jリーグはと探したら、これも試合をやってなかった。24日は月曜日だから何もなかったんだ。ガッカリした。ガッカリしたけど、スポーツの結果が知りたくてここに来たわけじゃないから、気を取り直して株式欄を見た。当然あった。東証一部、二部、マザーズ、JASDAQ(ジャスダック)、全部載っていた。24日の株価が全部わかった。興奮したよ。これで大金持ちになれるって異常に興奮したよ。しかし、ふと気づいた。書き留めるものが何もない。メモもペンも何もない。貸してもらおうにも店員がいない」
そこで話を切って、わたしを見つめた。
「ビーちゃんならどうする?」
バカな質問だと思った。
「新聞を持ち出したらいいんじゃないですか」
松山さんは大きく首を縦に振った。
「その通り。当然俺もそうしたよ。新聞を小脇に抱えて出口へ向かった。しかし、出ることができなかった。新聞を持ったままではこの店を出られないんだ」
なんで?
そんなわけないでしょう、
すぐさまわたしは新聞を手に持って出口に向かった。
しかし、自動ドアは開かなかった。
立ち位置が悪いのかと思って色々やってみたが、開く様子はまったくなかった。
頭に来たので飛び上がって、着地した。
衝撃を与えれば開くかもしれないと思ったのだが、それでも開かなかった。
すると、松山さんが近づいてきた。
わたしを脇に寄せて、新聞を持たずにドアの前に立った。
ドアが開いた。
松山さんは外へ出て、また中に入って、わたしが持っている新聞を取って、ドアの前に立った。
開かなかった。
わたしに新聞を戻した。
するとドアが開いた。
わたしは何がなんだかわからなくなった。
思わず大きな声が出た。
「ビーちゃん!」
松山さんは口に右手を当てて目を大きく見開いた。
ガラスを挟んで松山さんとわたしは固まったように立ち尽くした。
しばらくして、松山さんが口に当てていた手を離し、〈おいでおいで〉というように指が動いた。そして、入口を指差した。
その入口からカフェの中に入ると、がらんとして人気がなかった。
松山さんが一人座っているだけだった。
テーブルを挟んで彼と向き合った。
「なんでここにいるんですか?」「なんでここにいるの?」
二人が同時に声を発した。
先に答えたのは松山さんだった。
「未来の株価を見たくなってさ……」
8月17日の二度目の休憩時にコンビニで発した質問が切っ掛けなのだという。
「『あの~、もしもですよ。もしも松山さんが未来へ行けるとしたら、そこで何をしたいですか?』とビーちゃんから訊かれた時、未来の株価を知って大儲けしたい、というようなことを言ったのを覚えているか?」
わたしはすぐに頷いた。
その時の声色も表情もしっかり覚えていた。
「その時はバカなこと訊くなよって思っただけだったけど、仕事帰りに居酒屋で日本酒をチビチビやっていたら、そのことをふと思い出してさ。未来に行けたらいいな、未来の株価がわかったらいいな、そうしたら、このどん底の生活から抜け出せるな、なんてマジに考えちゃってさ」
寝る前に真剣に祈ったらしい。
〈未来に連れて行ってください、未来の株価を見せて下さい〉と。
すると、夢の中で列車に乗ってこの駅まで来たのだという。
「なんか色んなチェックされてさ、訳わかんなかったけど、されるがままになっていたらさ、〈本人確認終了〉という文字がディスプレーに出てさ、そしたら改札ドアが開いてさ、外に出ることができたから構内をぶらぶら見ていたらこのカフェが目に入ったんだよ。で、近づいてガラス越しに中を見たらこの席に日経新聞が置いてあったんで、誰かいるのかとキョロキョロ見たんだけど、誰もいなくて、こりゃー忘れ物だなと思って勝手に読ませてもらったわけさ」
わたしはその新聞に目を落とした。
その時、奇妙な事に気がついた。
テーブルの上には水もコーヒーカップもないのだ。
それに、店員らしき人もいない。
不思議に思ってそのことを尋ねると、「そうなんだよ。店員がいないんだよ。だから、何も注文できないんだよ」と困ったように両手を広げた。
「喉乾いて大変だったでしょう」
同情したが、意外にも首を横に振った
「そうでもないんだよ。喉は乾かないし、腹も減らないんだ。眠くもならないし……、どうしてかな? 夢の中だからかな?」
松山さんは頬杖をついて不思議そうな顔をした。
わたしは何がなんだかわからなくなったが、必死になって頭の中を整理してこの話の出口を探った。
「ずっとその新聞を見ていたのですか?」
彼は大きく頷いた。
「真っ先にスポーツ欄を見て、ソフトバンクが勝ったかどうか探した。でも、試合はなかった。じゃあ、Jリーグはと探したら、これも試合をやってなかった。24日は月曜日だから何もなかったんだ。ガッカリした。ガッカリしたけど、スポーツの結果が知りたくてここに来たわけじゃないから、気を取り直して株式欄を見た。当然あった。東証一部、二部、マザーズ、JASDAQ(ジャスダック)、全部載っていた。24日の株価が全部わかった。興奮したよ。これで大金持ちになれるって異常に興奮したよ。しかし、ふと気づいた。書き留めるものが何もない。メモもペンも何もない。貸してもらおうにも店員がいない」
そこで話を切って、わたしを見つめた。
「ビーちゃんならどうする?」
バカな質問だと思った。
「新聞を持ち出したらいいんじゃないですか」
松山さんは大きく首を縦に振った。
「その通り。当然俺もそうしたよ。新聞を小脇に抱えて出口へ向かった。しかし、出ることができなかった。新聞を持ったままではこの店を出られないんだ」
なんで?
そんなわけないでしょう、
すぐさまわたしは新聞を手に持って出口に向かった。
しかし、自動ドアは開かなかった。
立ち位置が悪いのかと思って色々やってみたが、開く様子はまったくなかった。
頭に来たので飛び上がって、着地した。
衝撃を与えれば開くかもしれないと思ったのだが、それでも開かなかった。
すると、松山さんが近づいてきた。
わたしを脇に寄せて、新聞を持たずにドアの前に立った。
ドアが開いた。
松山さんは外へ出て、また中に入って、わたしが持っている新聞を取って、ドアの前に立った。
開かなかった。
わたしに新聞を戻した。
するとドアが開いた。
わたしは何がなんだかわからなくなった。