『夢列車の旅人』 ~想いを乗せて列車は走る。過去へ、未来へ~
「ガランとしてたよ」
 枝豆に手を伸ばしながら昨日のことを話してくれたが、大家さん立会いの下で部屋の荷物を確認したところ、たいしたものは見つからなかったという。
「エアコンも冷蔵庫も洗濯機もないんだから驚くよな」
 扇風機と電気ストーブしかなかったのだそうだ。
「古臭い電子レンジがあったから、出来合いをチンして食べてたんだろうな。洗濯物は近くのコインランドリーを利用していたのかもしれない」
 松山さんの生活の一端が垣間見えたが、あまり聞きたい内容ではなかったので、話題を変えた。
「CDとかレコードとかなかったですか?」
 監督は即座に頭を振った。
「それを入れていたかもしれない大きな収納ケースがあったけど、中はもぬけ(・・・)の殻だった」
 えっ?
「テレビと、DVDプレーヤーと、CDとレコードが聴けるラジカセはあったけどね」
 わたしは部屋の様子を思い浮かべたが、音響機器だけが残っているのはなんとも不自然な感じがした。
 首を傾げていると、監督が何故か許しを請うような口調になった。
「息子用に貰ったけど構わないよね」
 ゴミとして捨てるのはもったいないし、大家さんは要らないと言ったから、三つとも家に持ち帰ったのだという。
「でも、もし要るんだったら……」
「いえ、大丈夫です。息子さんにあげてください」
 とっさに右手と首を横に振った。
 本当はDVDプレーヤーとラジカセが欲しかったが、それを口にすることはできなかった。
 処分を任されているのは現場監督なのだ、自分ではない。
「じゃあ、遠慮なく貰うよ」
 これでなんの心配もなく息子にやれるというような表情で、ジョッキに残った生ビールをうまそうに飲み干した。


< 93 / 221 >

この作品をシェア

pagetop