千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
段ボールは置きっぱなしになっているが少し見渡してみても家具などは少ない印象。
最新のマンションだから収納が充実しているのかもしれない。それにここは何畳……畳で数えるのもはばかられるような千代子の部屋が軽く五つは入りそうな広々としたリビングダイニング。そう、ここはまだリビングであり他にも部屋があるのは明白だった。
「ちよちゃん今日ずっと目が丸くなってたけど大丈夫?」
驚いたり、自分の許容範囲を越えている時に見られる千代子の癖。
「初めての事ばかりで……こんな広いお部屋も」
明るい紺色の千代子のフレアスカート、膝の上に置かれた指先が動いて僅かに皺が寄る。
頑張って司と釣り合うようにオシャレをしてみたが終始、司に迷惑を掛けまいとしていて今も緊張が解けずにいれば「上着、置いてくるね」と多分司はプライベートな部屋、寝室の方へと行ってしまう。
一人、ぽつんと残された千代子。
どうして今、この場所で急に目元が熱くなってしまうのだろう。
丁寧にメイクをした目元が、滲んでしまう。
ここ最近ずっと一人ぼっちで、心の平穏を優先して静かに暮らしてきた。そんな中で再会した司の、自分の全てに対する気遣いや優しさが今になってどうしようもなく心を揺さぶって、涙が溢れそうになる。
自分はこんなに弱くなかった筈なのに、ずっと、ずっと我慢して、頑張って。
司が与えてくれる優しさに図々しくも甘えてしまいたくなる。そんなの駄目、身勝手すぎる、と千代子の思考は強く、自らを責め始めてしまう。
「ちよちゃん……?」
ネクタイも抜いてカジュアルにワイシャツとスラックスだけになってすぐに戻って来た司の目にあったのは一人、ソファーで申し訳なさそうに小さくなって――まるで涙をこらえているような千代子の姿だった。
手には先ほどまで無かったハンカチが握られて、鼻先が少し赤くなっている。
「ごめ、っ、なさ……いっ」
司の声に途端にぼろぼろと堰を切ったように千代子の双眸から大粒の涙が溢れだし、明るい紺色のフレアスカートに落ちていく。
いくら子供の時からの知り合いとはいえ、いきなり泣き出してしまう女性……食事中とはまるで違う様子に司はそっと隣に腰を下ろす。
自分よりも一回り小さな肩は震え、溢れる涙を堪えようとしている。
「わたし、こんな……司さんに、めいわく」
大丈夫だよ、の言葉の代わりに司の手のひらが千代子の背を撫でようとして……躊躇う。もしかしたら千代子は幼馴染とは言え急に一人暮らしの男の部屋に食事代をカタに呼ばれてしまったのが怖くて、と司は自分の手を千代子の背から離し、様子を伺う。
止まらないのか、目元を押さえるハンカチからも涙は滑り落ちてスカートを濡らしていた。