千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
「私の方がいきなり連れ出して、部屋にまで呼んでしまってあまりにも無神経だった。ちよちゃんに会えたのが嬉しくて……怖かった、よね」
「ちがう……ちがうんです、わたし」
ひくり、と口を開いたせいで抑えきれなくなった嗚咽が千代子の肩を強く震わせてしまう。しかし自分の強引な行いで泣かせてしまっているのではないと知った司は「何か、ちよちゃんの中で悲しい事があったのかな」とそのままそっと千代子の震える背に手を添える。
手当て、と言う言葉がそうであるように「今日は話せる事だけでいいから、ちよちゃんが今思っている事を私に話してくれる?」と撫でるでもなく手は添えたまま、優しく声を掛ける。
少し落ち着いた千代子の口から語られたのは最近の暮らしぶりだった。
仕事だけではなく、何もかもを手放してしまいたくなったこと。今はまだ休息の期間だと焦る自分に言い聞かせ、どうにか暮らしていた中で司と再会したこと。こんなにも丁寧に優しくして貰ったのになぜか急に不安になって涙が込み上げて来てしまった、と。途切れ途切れではあったが千代子の声で語られた涙の訳を司は黙って頷きながら聞いていた。
千代子の、この高層マンションの下で出会った日の買い物途中だと言う素朴な姿も可愛かったが今夜の千代子の品よく綺麗にセットアップされている姿は司の目にとても美しく映っていた。
似合っている落ち着いた服も、化粧も、きっとよく考え……しかし千代子の抱えている悩みや心の傷、寂しさなんて司も当然知らなかったし、気付けなかった。
それくらいに今はまだお互いに距離がある。
ただ、今は後ろめたい。
驚きと嬉しさのあまり、自分が今持っている仄暗い権力を振るってしまった。千代子と再会したあの日、あの時。耳打ちをしたドライバーに千代子の居場所を調べさせ、翌日も周辺に張らせた部下に千代子の動向を調査、尾行させた挙句――盗撮を仕向けた。大きな公園の木陰で一人、のんびりと足を伸ばしておにぎりを頬張っている遠巻きの千代子の姿が特に気に入っていた。
そんな千代子は誰にも相談出来ず、ずっと一人ぼっちだったのだ。
未だ堪えようとすすり泣く千代子の背に優しく手をあてながら、司は自分の心の中にどうしても持ち合わせてしまっている黒く澱んでいる欲望がふつふつと音を立てて熱く滾り出すのを感じてしまう。
――ああ、可哀想な千代子。ちよちゃん。