千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~


「本当に、ごめんなさい」
「私はちよちゃんがすっきりしたならそれで構わないから」

 まだ少しぐすぐすとしている自然な千代子の姿が司の目にはどうしても、彼女に対して不誠実だと分かっていても可愛く見えてしまう。
 涙で崩れてしまった所をパウダーで押さえてどうにかしてきたらしい千代子。その頬に触れたらきっと、さらさらと滑らかなのだろうとよこしまな考えが浮かんでしまう程に司は千代子の全てが愛しかった。

 だって彼女は私の……と司は置きっぱなしになっていた紙袋に視線を向け、手に取る。

「これ、一人前ずつに分けられているからちよちゃんも一つ持って帰っ、て……」

 自分の分を取り出し、紙袋の方を千代子の座っている前に置いた司はまだ涙を堪えているような千代子に眉尻を下げる。

「ちよちゃん大丈夫?タオルなら」

 緩く首を横に振った千代子の切なそうな表情に司は息を飲む。あまり、今夜の彼女をここに長居させていてはいけない。
 千代子の振り絞るような「大丈夫です」の声が、自分の隠し持つ獰猛さを焚き付けようとも……心の底にある黒い澱みに弱っている千代子を引きずり込むような真似はしたくなかった。
 人心掌握のすべを知っているからこそ、それだけは……と司は一人で歩いて帰れると言う千代子を下階まで送り、その日はそれで彼女と別れた。

 ・・・

 司の職は社長業、経営者、と言う名称よりもグループ企業を統括する管理者に近い取締役。上がってきていた書類に目を通す作業を止め、煙草休憩から「ただいまー」と丁度戻って来た細身の男に「お前に任せてある派遣事業の中にハウスキーパーがあっただろう」とおもむろに問いかける。

「ええはい、それなりに需要がある世の中ですからね。そっちの先月の収支ならもう上がって」
「いや……人を一人、雇わせたい」
「兄貴からの紹介なら全然構わないッスけど」
「本人にはまだ話をしていないが多分、条件を飲んでくれると思う」
「へえー……ってもしかしてこの前、兄貴が珍しく晩飯に誘ったオンナ……」

 勘ぐる細身の男に「“オンナ”ではなく若の幼馴染の御嬢さんだ」と忠告をするのは中年の恰幅の良い男の方だった。

「幼馴染……こんな気難しさの塊みたいな兄貴に……」
「おい松戸(まつど)
「だって芝山(しばやま)さーん」

 松戸、と呼ばれた方の細身は「雇うって、あー……っと兄貴の新しい部屋の家政婦さんに?」と問いかける。

「と言う事はその御嬢さんは今、職を探して」
「ああ。少し、社会人生活に疲れたみたいでね……彼女のような気の優しい若い人材を搾取した挙げ句に“飼い殺し”にするなど、私たちよりもよっぽども悪手だ」
「ああ、相当ブラックだったンすね……。ウチは単価ちょっと低い代わりに絶対に明朗会計ッスよー。働き方も支払い体系も個人である程度は選べるし」

 そうだったな、と頷く司は話が進められたらまた、と言う。
 何故かいつも司の執務室に入り浸っている松戸。彼が社長として管理をしている人材派遣事業の中にあるハウスキーパー、ひと昔前の家政婦業。日常的な掃除機掛けなどの軽いハウスクリーニングのみや食事の用意のみ、拘束時間の長い物から二時間程度の短時間と様々な形で提供されている昨今、人気のサービス業。

 司は、千代子を雇用しようと考えていた。

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