千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~


 焼けたホットケーキをお気に入りの皿に載せ、ちょこっとだけ奮発をして買ったバターとシロップを掛けると小さな部屋の中央にあるローテーブルへと持っていく。そして自分の為だけに揃えた花模様の可愛いカトラリーを喫茶店のまねごとのようにひとつひとつ、皿の隣に丁寧に並べる。

(いいにおい……バター、やっぱり買って正解だったな)

とろりと溶けていくバター。冷めてしまわない内に、とラグの上に座った千代子は揃いのナイフとフォークを手にして切り分ける。香りの良いバターと甘過ぎないシロップが良く馴染んだふわふわのホットケーキを口に運べば心が少し、軽くなった気がした。

 時刻はまだ午前、今日は良く晴れている。
 これならお弁当を作って都心の大きな公園へ一人ピクニックに行っても良かったかもしれない。明日はどうかな、と手元のスマートフォンで天気予報を早速チェックすれば今日と同じようにカラッと晴れる予報が出ている。
 会社を辞めたのが春の前の三月の末、今は丁度ゴールデンウィーク前だった。
 一度訪れてみたかった公園へ行くにはちょうどいい季節。春のバラも見頃の時期。

(うん……明日はピクニックに行こう)

 幸いにもまだそれくらいなら動ける気力はあった、と言うか少しだけ持ち直してきたのだろうか、と千代子は考える。退職したばかりの時の落ち込み方よりはなんとなく、良くなっている気はしていた。

(外に出たくなくて、外の世界なんてどうだってよくなっちゃって)

 千代子は小さく切り分けた甘いホットケーキを口に運びながら少しだけ滲んでしまう涙を堪えて一人、そっと息をつく。
 大丈夫、大丈夫だからと自分に言い聞かせる心細い日々。それでも今はまだこのままがいいかな、と千代子は窓から差し込む朝の日差しをレースカーテン越しに受けながら優しい味わいのホットケーキをまた一つ、口に運んだ。

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