千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
職権乱用、コネ採用……と珍しく他者、しかも女性に関心を寄せている司を兄貴と慕う松戸だが、司より一つ下なだけで歳は離れていない。
そして彼らの話を聞いていた芝山と呼ばれた恰幅の良い中年の男は司が管理しているグループ企業内で社長業をしている松戸とは違い、司の為の秘書や付き人としてオフィスに詰めていた。まだ若い司に付き、会食などで接触する人物についてなども調べ、管理している。
司が持つ表と裏の顔、その両方ともに松戸と芝山の二人は関わっていた。
「若、近ごろの親っさんはどうですか」
「相変わらずだよ。たまにはお前も本家に顔を出してやってくれ。親父も肺を悪くしてから半ば極道から引退しているとは言え、私の魂胆を知っているのか……組長の座を明け渡してくれない」
「何か思う所があったとしても親っさんは昔から強情ですからね。俺が役付きにもなれていない丁稚のペーペーだった頃から、本当に変わらねえ方だ」
昔を懐かしむ芝山に「おっかねえ芝山さんにもぺーぺーだった時期があったんスね」と松戸に言われるが「当たり前だろう」と彼は返す。
「御父上の元から本家に移られた若も、本家今川に入って来たばかりの松も、まだ十八にすらなっていなくて……ああ、私たちももう随分と長い付き合いになりましたね」
「確かに“実父や親父”よりも二人と暮らす時間の方が長くなる、か。芝山も親みたいなものだな」
「えーパパ厳つ過ぎッスよー、俺こんなパパ嫌だ」
「俺がお前の親父?止せよこんな硬派のコの字もねえような細長ぇチャラい息子。それよか松、お前ちゃんとメシ食ってんのか?」
「芝山さんこそなんで五十手前でそんなにガタイ良いンすか。何食ったらそうなるンすか」
軽口を叩く松戸に特に注意するでもなく乗ってやる芝山。そのやり取りを軽く笑って聞き流す司は二人の事だけは心から信頼していた。
かつて寝食を共にし、勝手知ったる仲はもはや“家族”と同等である。
それは千代子の知らない彼らの特殊な……極道者としての親と子の関係性。
事実上の使用者である司の方は芝山より若くとも親たる上座の存在であり、二人はその舎弟であり子にあたる下位の身分。
司が座している若き経営者としての明るい表側の席とは別の――裏側のその席は今、暴力団組織が寄り集まった関東広域連合の会長の座に一番近い物だった。