千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
とりあえず週末の予定がまた出来てしまった千代子。
調理となると司の前とは言えエプロンをした方が良い。普段自分一人だとそう言った事もしていないので一枚も持っていなかった。
(エプロン、か……)
部屋にこもりがちでいた千代子はふと、雑貨屋さんも久しく覗いていないな、と思い立って壁に掛かっている時計を確認する。
今からメイクをして、近所のいつものスーパーじゃない場所へ出掛けてみようか。
(そうだ。あの日もピクニックに持って行くおにぎりの具材と、いつもとは違う新しいスーパーへ気になっていたオリジナルのホットケーキミックスを買いに行って、それで)
出掛ける度に、自分を取り巻く環境が変わってゆく。
思いがけない司との再会、久しぶりのオシャレ。びっくりするような料亭での食事、そして司に胸の内を打ち明けて……ひとつひとつが確かに数えられるくらい、変化がある。
今日もまた、ひとつ。
それは自分の為でもあり――司の為にも。
支度を済ませた千代子は小さなアパートから出ると駅のある方へ、足取りはまだゆっくりでも外の空気を体に感じながら前を向いて歩き出す。
片や、まだ仕事中である筈の司は自分が作って貰いたい手料理があまりにも多過ぎて考えがまとめられず、大きなデスクに両肘をついて緩く組んだ手で額を軽く支えながら思い悩んでいた。
自分から頼んでおいて、他に食べたい物は無いかと問われただけなのに全くもってどう返事をしたら良いかが分からない。
「若、頭痛なら薬を出しましょうか」
「さっきからめっちゃ痛そうに見えますけど」
「いや……違う。松戸、お前何か食べたい物はあるか」
「え、兄貴の奢り?久しぶりッスね!!肉が良いッス!!」
そうではない。
ならば芝山は、と問いかければ「俺は焼き鯖定食ですかね」と返されてしまう。
ああ、とさらに項垂れるように頭を下げてしまった姿に芝山と松戸も本当に珍しいモノでも見るような表情で、ひどく思い悩んでいる司の様子を黙って見守るしかなかった。