千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
千代子が出してくれたアイスコーヒーをローテーブルに置いて、久しぶりにのんびりとした半休の穏やかな昼下がり。
司は「ちよちゃんも休憩を」と言ってみたが今から風呂掃除をしてそれから作り置きの食事の調理に取り掛かるので駄目、らしい。
幸いこの部屋はリビングダイニングのカウンターキッチン仕様、幾らでも彼女の姿は眺めていられる。
先日は荷解きのお陰で千代子がキッチンで調理をしている姿を見ることは出来なかったが、今日は心ゆくまで堪能出来る。
そして、千代子が冷蔵庫に並べ置いてくれる食事は美味しかった。
素朴な物も、手の掛かる煮込み料理も夜遅くに口にしても負担にならない程度の味付け。
(もっと早く、彼女を見つけ出せばよかった)
いつかまた出会えたなら、と思い続けていた。
ソファーに深く背を預けた司は少しだけ瞼を閉じるように目を細める。
本家との養子縁組を意味するのは自分が日陰の、その中でも特に色濃い者として生きて行く事を“選んだ”事になる。
高校三年生を前に伯父の進に引き取られ、望むままに大学に行かせて貰い、暫くは一般社員として、義父の側で秘書として段階的に働いた後に引き継いだ経営者の座。
まだ幼かった司自身が周りから“ヤクザの子”と言われている事に気づいたのは、物心がついてすぐのときだった。
生まれた家がただそうであったに過ぎないと言うのに蔑まれ、疎まれ、一つを間違えば壊れてしまうような上辺だけの薄い付き合いの友達関係しか築けていなかった。どうにか取り繕う、孤独な毎日。
丁寧な口調も、物腰も、今でこそ社会人生活もあり染みついてはいても、学生の時から気にしていたのは自分と言う存在を卑しいモノだと見られたくなかったからだった。言葉づかいだけでも、その所作だけでも、と必死だった。
自分は世間的にはどういった立場なのか、痛いほどよく分かっていた。
だからそんな世界から飛び出したくても一人で生きて行くにはまだ十代では未熟すぎ……物事への理解力と理性が無謀な振る舞いをしそうになる衝動をなんとか抑え付けて過ごしてきた。
そして関東最大の連合の三次団体に過ぎない“ただの端くれの組長”だった実父と、今や連合直系の大幹部である本家今川組組長の伯父との大きな差をまざまざと目にしてしまったのは中学生くらいの時だったか。