千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
それこそ、幼い恋だった。
いつも一生懸命に掃除をしてくれている千代子。
動きに合わせて軽やかに揺れるエプロンの裾。松戸からは「事業所の制服として渡しているエプロンがあるんですけど」と言われたが千代子には似合わなそうだったので断った。雑費で計上していいから、とエプロンは必要な分を、彼女自らが気に入った物を購入するよう言ってある。
涙をこぼした日の室内履きの頼りない不安定なリズムではない、今は軽快に聞こえるぱたぱたとした足音が耳に心地いい。
このまま本当に眠ってしまいそうだ、と司は千代子が差し出してくれたタオルケットを開いて久しぶりに訪れた穏やかな眠気に任せて瞼を閉じる。千代子の料理をしている姿を見たかったけれどそれはまた、今度。
暫く静かに作業をしていた千代子だったが通りすがりに瞼を閉じている司をそっと覗き込む。
(寝ちゃった……)
ローテーブルの上の、もう氷が溶け切ってぬるくなり始めているグラス。千代子はなるべく物音を立てないように回収をして、濡れた場所を軽く拭き上げるとキッチンでの作業に戻る。
それから一時間も経たないくらい。浅い眠りに起きた司の珍しくぼーっとしている姿がキッチンの中で洗い物をしていた千代子の視界に入る。
ふふ、と笑う千代子は「何か飲み物を」と声を掛けるがもう千代子はそろそろ終業の時間だった。
「ちよちゃんも夕飯していけば良いのに……」
名残惜しさと寝起きでとんでもない事を口走ったな、と司はすぐに謝ったが「一度、帰っても良いですか」と恥ずかしそうにしている千代子に司の方が目を丸くさせてしまう。