千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~


「いいの?」
「え、はい……あ、やっぱり迷惑」
「言い出したのは私の方だから、それに……一人の食事は、ね」

一時間くらいしたらまた来ます、と言う千代子。
何か用でもあったのかな、と――しかしながらこの後も千代子と一緒に居られるとは、と司は表情には出さなかったが密かに感激してしまう。

本当は吐きだしてしまいたいこの“好意”と言うよりももっともっと、強い気持ち。
胸に長くとどめ置いていたせいで若干、澱んでしまっている自覚はあったが司は千代子の事を心から愛していた。

・・・

それから本当にぴったりの一時間後の午後六時。
千代子は保冷バッグと「ごはん、食べませんか」の言葉を持ってまた司の部屋を訪れていた。保存容器に詰められた炊き立てらしいそれはすぐに、今や千代子の城となっているキッチンで蓋を開けられて冷まされている。

「ああ……炊飯器、買ってなかった」

言ってくれたら用意したのに、と言う司に「司さんはあまりごはん食じゃないのかな、と思って」と言う互いに笑ってしまうようなすれ違い。
そして千代子の服装が変わっていた。髪形も、少し違う。
就業時間中は作業がしやすいようにしっかりと髪をまとめてスキニーパンツを履いていたが今は比較的ラフなワンピース姿。
オンとオフをはっきり使い分けるタイプかな、と司は思いながら「今から注文するから一緒に選ぼう」とソファーに誘ってみれば就業時間中とは打って変わって千代子は素直に隣に座る。

それと同時に、司の私用のスマートフォン画面を覗き込む千代子の体からふわ、とシャンプーの匂いがした。
甘い花の香りの、心をくすぐる匂い。

これは、駄目だ。
確かに空調は一定とは言え、掃除や料理をしていればうっすら汗もかく季節。
千代子の動線を考えると自宅に戻ってからすぐに米を研いで炊飯器のスイッチを入れ、シャワーで汗を流してきたのだろうか。そして支度が終わる頃には米は炊けている、と。それをそのまま容器に詰め、部屋にやってきた。

「ちよちゃんおすすめの機種とかある?」
「そうですね……司さんのお部屋ならスタイリッシュな見た目の……」

隣に座った千代子はごく自然に、先ほどまで司が使ってそのままになっていたタオルケットを手にして畳みながら画面を覗き込んでいる。

「炊飯器でケーキが焼けるの?」
「しっとりふわふわのカステラみたいなやつですね」
「作った事あるんだ」
「もちろんです」

そのまま慣れた仕草で畳んだタオルケットをアームレストにぽん、と置く。

「買ったらリクエストしていい?」
「はい、ぜひ……でも司さんって案外こう、焼き菓子みたいな物が好きなんですね」
「ああ、それは」

それは、千代子が……くれたから。

全てが過去に通じている。
いつかのバレンタインデーの日、自分に差し出してくれたクッキー。友達同士で交換する用の、今もその辺のコンビニで売っているような既製品を可愛らしい袋に包んだだけではあったが、恥ずかしそうにはにかみながら渡してくれたあの日の笑顔を忘れた事は一度も無かった。

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