千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
第4話 大人の恋

 自分の小さなアパートに戻ってからもすっかり眠りこけてしまっていた千代子。
 司が呼んでくれたタクシーに詰め込められアパートまで戻って来て、そのまま自分の部屋のベッドに寝転がって……少し早めの朝を迎えたもののまだ頭がはっきりとしない。

 飲ませてしまったのは私だから、とただただ謝るばかりの司と自分も知らず知らずにアルコールの許容量を超えていた事を謝って。何が何だか分からないまま、ぐちゃぐちゃとして別れてしまった記憶だけが残っていた。

「ごはん……」

 司は冷蔵庫にしまってくれただろうか。
 千代子は持って行った炊いた米が出しっぱなしになっていないか、思い返す。司の事なのでちゃんと冷蔵庫にしまったに違いない。今日の千代子は休みの日だったのでのろのろとベッドから起きるとシャワーを浴びようと洗面所に向かい、昨晩のままだったワンピースを脱ぐ。

(あのときの司さん……)

 どこか焦っていたような、まあそれは当たり前か、と千代子は何があったのかよく分からないまま頭から熱いシャワーを被ってもやもやと残っている体のだるさを洗い流す。

 それでもなんとなく引きずっていたお酒の余韻にしばらく髪を拭きながらぼーっとしていれば時間は昼に近づいて行く。
 このまま朝食と昼食を兼ねて、と考えていれば昨日、仕事用に使っているメモ帳に司が食べたいと言っていたパンケーキミックスの粉を用意するよう記入しておいたのを千代子は思い出し、いつも使っているトートバッグを引き寄せる。

 司は今、どうしているだろう。
 自分が想像していたよりも大きな会社の経営者だと言うのは分かったが、どんな事をしているんだろうか。未だ醒めぬ頭の千代子はそれでも早く炊飯器が届くと良いな、そうすればもっと料理のレパートリーも増えるし、などと考えていた。


 一方、定刻通りに出社をしてきた当の司の機嫌は良くなかった。
 そんな機微を感じ取る芝山。昨日は早めに仕事を切り上げてマンションに帰り、きっと彼が今、珍しく熱を入れている幼馴染とゆっくりしていた筈だった。松戸の「喧嘩でもしたンすか?」のいつも通りの気軽な問いは司の目を怖くさせるが松戸は司が本気で怒っている訳ではないのは分かっているので何も気にしていない。

 喧嘩どころではなかった。
 ついに手を、出してしまった。
 千代子は気が付いていなかった、そうであったと願いたい。
 ちゅ、と吸われるように食まれた中指の僅かな先の感触。シャンプー直後の湿気た甘い花の匂いも、ふにゃっと笑った表情も、今でもまざまざと思い出せる。
 千代子の体は温かくて、柔らかくて、小さくて……少しでも乱暴に扱ったら壊れてしまいそうだった。

「兄貴、その目でヒトゴロシ出来そうッスよ」

 今はもうそう言う時代ではないけれど。

「法が許す範囲での社会的な死なら幾らでもくれてやる」
「こっわ……で?ご依頼の幼馴染ちゃんの元の職場についてなんですけど、どうします?興味無くしちゃったなら保留にしときますけど」

 松戸の人材派遣会社へ登録させた事によって前職の調べは容易についた。
 一応形式上、と入力させた職務経歴に記載されていた会社名。松戸の「ホント世の中“悪い奴”ばっかり」と真面目なのか不真面目なのか、何気ないその言葉がまるで自分を指しているようで溜め息を吐く司に「若、今日も昼に上がられては」と様子を見かねた芝山は進言する。

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