千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~


 暫く経てばぐずぐず、と聞こえてくる。
 涙はとりあえずおさまったようだがティッシュボックスまでは司も手が届かない。

「顔、洗っておいで」

 ん、と短く頷く頭が揺れる。
 泣きはらしているだろうから、あまり見ないようにしてやった司は千代子をパウダールームに促し、戻って来るのを待つ。

(私たちは両想いだったと考えて良かったのだろうか)

 ああ、また感情が先走って、と司は一人反省会をし始めてしまうが千代子はスウェットをすがるようにずっと掴んでいた。一回りサイズの違う手はずっと……。

「タオル、お借りします……」

 わりと早くリビングに戻って来た千代子はいつも自らが洗濯をしているフェイスタオルを一枚携え、それで顔半分を覆うようにして……まだ若干、涙が止まっていなかったようだったが話が出来るくらいには落ち着いた様子。

 ダイニングテーブルではなく、ソファーの方に座るように司が声を掛ければ千代子は素直に腰を下ろす。

「確認するけど、本当に……私と一緒に暮らしてくれる?大切な、色々な段階をかなりすっ飛ばしている気もするんだけど、ちよちゃんはそれでも大丈夫かな」
「だいじょうぶ……です」

 ソファーの前、千代子に対して少し距離をおいて背の高い体を屈めた司は彼女からの許しを得る。嬉しさがこみ上げてくるが千代子は少し汗をかいているようでこのままだと風邪を引かせてしまう、と司は思う。明日も千代子は仕事としてこの部屋に来るだろうが……いや、もうこんな事態になってしまったからには必要ないのではないのか。色々な考えが司の頭を巡る。

 一応、彼女の大元の雇用主である松戸にはなんと弁解したら良いのか、勤めさせたのはたったひと月だ。
 他にも考えなくてはならない事や伝えなくてはならない事が山積みでも、彼女が自分を受け入れてくれるのならもう、今はそれだけで良いのかもしれない。

 千代子の負っている傷や痛みを癒すのにはまだ時間が必要だった。
 そして長い間離れ離れになっていた時間はもう埋める事がかなわなくても……これからゆっくり、時間を掛けて二人で考えながら過ごしていけばきっと。

「つかさ、さん」
「うん?」
「おかゆ……」

 この子は全く、と司は笑ってしまいたくなるが流石に怒るだろうから言葉にはしない。

「ちよちゃんが顔を洗いに行ってる間に食べきったよ」
「それ、飲んじゃった……の、では」

 確かに、よく噛みもせず飲み込んでしまったけれど。

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