千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~


 千代子の気持ちを確認できた日から十日ほど経った後の夜八時。司は帰宅するための送迎車内で千代子からのメッセージを確認していた。
 司の自宅には使っていないゲストルームがあったので千代子のプライベートな部屋はそこにしよう、と言う話をあれから交わしていた。そして今日、注文しておいたベッドが松戸の所の部下たちの手によって持ち込まれ、組み立てられた。

 ベッドは彼女の体のサイズではこれくらいだろうか、とセミダブルに留めておいたが本当は自分と同じクイーンサイズでも良かった位だ。一応、少しは司なりに冷静に考え、千代子は絶対に拒否するだろうと考え出された結果によって先手とばかりに硬さの好みを聞いて注文をしていた。案の定、千代子からのメッセージには『こんなに大きなベッド、私が使って良いんですか?』とある。

 今、千代子は松戸の会社に登録をしたままで家政婦業は止めていた。
 それは引っ越しの荷造りをさせる為だったのだが司の部屋の掃除と食事の用意は相変わらず、千代子の申し出により手が空いた時に行われていた

 手放すと言った家具や家電は松戸の知り合いだと言う東南アジア方面への中古品の輸出を商っている古物商に買い取らせて生活資金に変えさせた。そもそも搬出作業は千代子一人では出来ないし、司が表立つ事も出来なかったので信頼と実績のある松戸の伝手で理由は伏せられたまま、千代子のアパートからの諸々の搬出は深夜に静かに行われていた。

「おかえりなさい」

 玄関から近いゲストルーム。帰宅をした司とまだ帰らずに作業をしていたらしい千代子と交わす「ただいま」の気恥ずかしさ、瑞々しさ。

「司さんに言える筋合いではなかったです……私も本、読んじゃって……」
「どうする?このまま泊まって行く?」

 司も恋人として気軽な冗談を言ったつもりが――どうしてこうなったのだろうか。
 彼の前には風呂上りの千代子がいて、自分と同じ匂いを纏っている。それはそうだ。
 千代子用のシャンプーやボディーソープはまだ無く、司の物を使うしかない。ベッドだって、そのものはあっても枕や掛布団はまだ揃っていない。
 まさか千代子に余っている毛布一枚を渡してソファーに寝かすなど……そんな事なら自分がベッドを明け渡して毛布一枚を持ってソファーで寝る覚悟をしていた、のだが。

「司さん、一緒に寝ませんか?」
「え、ちよちゃん?ちょっと待って、私にも色々と心の準備が」


 ――ふ、と目が覚めた。
 高速道路での渋滞で立ち往生してしまっていた帰りの車内。
 気が緩んでいた隙に見たあまりにもリアルな夢。
 疲れているのか、それとも自分が千代子に抱く純粋な愛情による欲が今の夢を見させたのか。

 いつもより時間が掛かっての帰宅だった司は千代子の私物が少しだけ置かれているゲストルーム――千代子の私室となった場所を少しだけ覗いてしまう。これからここに彼女が住む。住んでくれる。
 年齢も年齢ではあったが一般的な恋人たちの付き合いとは少し違う流れをとってしまった。手を繋ぐ事も、キスをすることも、その先もまだ何もしていない。
 それにあの時の、彼女の唇に触れたことはカウントしたくなかった。千代子の同意なく、今なら軽いスキンシップくらいなら許してくれるかもしれないがあれは衝動を抑えられなかった自分が悪い、と司は顔を渋くさせる。

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