千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
実際にメッセージにあった『こんなに大きな』との千代子のベッドだが、本当にそのサイズで良かったのだろうか。もうワンサイズ上げても、それを楽に収容できる部屋の広さ。何か在宅で仕事がしたいならデスクやビジネスチェアも用意できる。
部屋の入り口に立つ司は抱き締めた千代子の体の大きさを思い出していた。
何もかも一回り、小さいのだ。
それでも日本人女性の平均的な身長だと言う不思議。彼女より身長が二十センチ以上高いと言えど今まで会社経営者としての立場上、仕事の流れで出会った女性たちに感じた印象とはまるで違う千代子に抱くその小ささ。愛しさゆえに錯覚でもしているのだろうか。
(俗に言う食べてしまいたいくらい、の比喩……駄目だ。ちよちゃんのこととなると私は抑えがきかない)
千代子の部屋のドアを閉じ、廊下を抜けてリビングダイニングへ。さらにその奥の書斎兼寝室に入った司はスーツのジャケットをハンガーに掛け、ネクタイを引き抜いて首元のボタンを二つほど外す。
使ったハンカチなどを持って一度玄関近くのパウダールームに戻り、千代子に洗っておいて欲しい物を入れておくカゴに洗い物を置く。そして手を洗い、冷蔵庫があるキッチンカウンターの奥へ。
司の一連の流れはここ一カ月で確立された。
今日は千代子が来ていた日なので作り置いてくれている料理が楽しみな日でもある。今日はどんな物があるのか――千代子がこうして用意してくれているお陰で夕飯を抜く事が無くなった。
軽い晩酌だけで済ませて眠ってしまう日はもうない。何かの拍子に「普段はどんなお酒を飲むんですか?」と聞いてくれた千代子はメモを取って、次の来訪時には調べたらしく……それらに合いそうなつまみが一品、食事とは別に用意されていた。
千代子も工夫する事が苦ではないらしい。
無心になって調理し、それを食べて、自分の心の傷を癒して。それでもまだきっと彼女は癒えていない。だからこそその傷を、痛みを、自分に分けてくれたらいいのに、と司は思っていた。
「ん……?」
いつも二食分が詰められて並んでいる筈の容器が一つしか無い。代わりに皿があり、そのまま温められる軽い食事が用意されていた。
千代子はきっと明日も来てくれる。
(楽しみだな……)
ふ、と一人表情を柔らかくさせた司は早速その皿を手にすると千代子の優しさが詰まっている冷蔵庫の扉をそっと閉じた。