千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
「お帰りなさい」
お疲れ様です、とエプロンをした千代子が司を出迎える。
「ただいま。遅くなってしまってごめんね、会議が長引いて」
なんでもない「お帰りなさい」と「ただいま」も二人にはまだまだ青くみずみずしい程で、その言葉に続けて千代子が恥ずかしそうに少し視線を下げて「司さんは食事とお風呂……どっちが先か、知らなくて」と言葉にする。
荷解きを終わらせたいから泊まっても良いですか、と夕方頃にメッセージで問われてからの司の心の内はずっとざわついていた。一緒に暮らしたいとつい口走ってしまったのは自分だと言うのに、いざ本当に部屋着姿にエプロンを身に付けている千代子にこうして出迎えられると、また夢なのではないのかと勘違いしてしまう。
普段から食事を先にとっている事を伝え、いつものルーティーンで服装を緩くしてからリビングに出て来るとキッチンではもう千代子が夕食の支度をしてくれていた。
ダイニングテーブルには司だけの食事。千代子から泊まっても良いかと連絡を受けた時にはもう急な会議の予定が入っており、遅くなるかもしれないから食事や入浴も先に済ませておいて構わないと伝えてあった。
それで、だ。
今日も美味しい夕食で腹を満たした司は一人、風呂上りのパウダールームで悩んでいた。
千代子は……その、良いのだろうか。
今日、初めて泊まる彼女を自分の寝室に連れ込んで、そのまま……いやそんなこと、早過ぎる。でももし、そんな雰囲気になれたなら。千代子への思いがぐるぐると巡る。
本当は今すぐにでも彼女をどうこうしてみたい気持ちも恋人として大いにあるが、理性が止めに入っている。
今、司がしっかりと思いとどまっている理由は大きな鏡に映っている自分の素の体にあるもののせい。世間的には認められていない墨色の影にあった。
いわゆる関東彫りの“半袖”までではあったが千代子を酷く怖がらせてしまうかもしれない。
これもまた千代子と付き合い、暮らすにあたって解決しなければならない案件の一つではあった。ベッドを共にする時に、隠し通せる訳がないこの墨色の和彫り。
当時、一応彫り物をしたいと伺いを立てた義父である“親父”の進も「お前がそうしたいなら」と否定も肯定もしなかった。
(これは、私の責任)
千代子は自分がヤクザの子であるのを知っている筈で、と考えてもこればかりはどうしようもない。
それに司は背負っている意匠の意味を松戸や芝山にすら喋っていなかった。