千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~


「ちよちゃん、大丈夫……?」
「ん……」

 短く頷く事しか今は出来ない。
 熱に浮かされ、蕩けきって、されるがままに司の愛情を受け入れた千代子。少々ぐったりしている彼女の体が冷えないようにと司は柄にもなくあたふたとしてしまう。
 自分たちにとっては初夜と言うかキスをして、初めて素肌を晒し合って、愛情を交わした日。大切な夜、酷く疲れさせるまで抱くつもりはなかったのに、と司が自己嫌悪に浸る前に千代子が同じく汗に湿気た司の腕を掴んで、でもそれは確かに幸せそうな表情で「大丈夫ですよ」と言葉を紡いだ。

「ちよちゃん……」
「ちょっと、びっくりしただけですから。ね?」

 ああ、千代子に言わせてしまった。
 はーっと溜め息をついて落ち込みを隠せないでいる司は「羽織るものを持ってくるから待ってて」と千代子にとりあえず自分が脱いで放っておいたスウェットを先ほどまで抱き締めていた素肌に掛け、ベッドから降りる。

 その背中には、もちろん。

「あっ……」

 微かな声に振り向けなくなる。

「きれい、ですね」

 司の筋肉質な背に彫られていたのは美しい顔立ちをした鎧姿の凛々しい――平家物語の絵巻物に登場する巴御前の武者絵。強い、信念を持った女傑の姿が墨色の濃淡だけで表現されていた。

 それを綺麗、と千代子は呟いた。

 振り返れないでいる司は何と返したらいいのか考えあぐねてしまう。この入れ墨の、女傑の意味を……だからこその巴御前の姿を。
 どうしても“そう言った家”の為に片付け忘れたのか無造作に置いてあったカタログ。何となくページを捲っている中にあったこの意匠。彫るつもりなんて無かったのに、強く惹かれてしまった。

 最後まで、信念を貫いた強い女性と彼女の姿が重なるようだったから。若かった司は初恋の女性を想い、背中に一生モノの覚悟を刺していた。

 ただ一人、彼女(千代子)の事を想って。

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