千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
「それと芝山」
引き戸の影に潜むように廊下に座していた芝山にも声を掛ける中津川は間髪入れずに「司の事、宜しく頼むぞ」と伝える。
「承知致しました」
力強く返事をする芝山の太くよく通る声が司の背を越え、中津川に向けられる。この芯のある付き人……芝山がいてくれたから、司が持っている強い衝動は抑えられていた。いつだったか酷く気が立っていたのか、司は珍しく些細なきっかけで住み込みの丁稚に掴み掛かろうとした時があったのだが仲裁に入った芝山が力ずくで引き留めてくれた。
義父は言葉で、論理的に引き留めてくれていたが実際に司の腕を掴み上げ、怒気交じりに真剣に説教をしてくれていたのは芝山だったのだ。
そして今ここにはいないが松戸とも芝山と変わらぬ付き合いの長さ。
自分を“兄貴”と慕ってくれる彼と出会ったのは高校三年生。もう本家今川の養子として、広い日本家屋の屋敷から高校に通いはじめていた時に新しい本家部屋付きの丁稚として礼儀を身に着けるよう派遣されたのが松戸だった。
その時の芝山は部屋付きの筆頭。補佐役など正式な役付きではなかったが屋敷の警備なども任されていた重要な仕事との兼任で松戸や十代の若い衆を教育する立場で……とにかく松戸は問題児だった。高校中退で極道の世界に転がり込んできた彼は運良く本家今川の屋敷の掃除を任される事となり、歳が一つ上の司とはすぐに顔見知りになった。
「若、松戸から連絡が」
「どうした」
当時の松戸は板張りの廊下を静かに歩けない、畳の縁は踏み放題。物を壊し、作るメシは不味い。芝山に怒られている松戸を見ていた司も“もっと上手く立ち回ればいいのに”と思っていた。
しかし人間、司などのような才能を持ち合わせている者は少ない。
力加減が下手だったのか不器用な松戸、呆れている芝山。それでも芝山が松戸の面倒を見てやっている事が司の目には不思議に映っていた。本家の丁稚なんてやめさせて足で稼がせる方向に持って行けばいいのに、と。
人には適材適所がある。
上手く填まっていなければキツいだけ。
それなのに松戸も辞さず、芝山も他へ追いやらない。
何故なのかと司は答えを求めて当時、芝山に問い掛けたことがあった。
しかし、少し考えたように会話に間を空けた芝山から言われた回答は「若もその内わかりますよ」だけだった。なんだそれ、と曖昧な彼の返事に少しの苛立ち。けれどそれも本当に、時間が経つにつれて司の目に見えてくる事となる。
「いつぞやの三浦の件ですが、どうやら松にも個人的に接触をしようとしているようです」
「私ではなくわざわざ“松戸”を選ぶとは……それなりに回りくどさは持ち合わせているんだな」
「若をも凌ぐ松の……いい意味での二面性、とでも言うんでしょうか」
「見抜いたのは芝山だったな。懐かしい」
「恐縮です」