千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
松戸は恐ろしく融通の利く男だった。
人間、考えが凝り固まってしまいがちだが松戸にはそれが無い。失敗も多くするが全ては彼なりに考え、実行した結果の“成果”だったのだ。
だからこそ、時間が経つと松戸の失敗による“成果”が実り出す。経験則を忘れる事なく、全てを吸収し、それをさらに生かすセンスの良さが松戸の強み。
それゆえにカネ勘定について少し学ばせ、小さな……それこそ的屋やフードトラックなどの小さな単位で経営を任せてみれば着実に成果を上げて行き、司も松戸に今のような大きな事業を任せるようになった。
外部の者達からすれば飄々とした態度から表向きは単なる“今川司の太鼓持ち、あるいは腰巾着”に見えているようだったが司はいつしか同じ場所で育って行った松戸の事を親友のように、それこそ本当は五分の盃を交わしたって良い程、信頼していた。
一度、そうならないかと司から打診してみたが「勿体ないこと言わないでくださいよ、俺ッスよ?」と躱されてしまった。
気が変わったらいつでも、とも伝えていたがその返事は未だ、無い。
「どうやら中津川会長も薄々、若の思惑などに勘付かれているようでしたが」
「ああ。それに“従兄さん”が三浦になぜ目を付けることになったのか……」
「連合規模の跡目争いの始まり、ですか……仕掛けられそうになっている側は本家今川組を、その上の連合すら隙あらば解体しようとしているのに」
「あちらの連中はどう出てくるつもりなんだろうな。分家から本家に移った私の存在の疎ましさ、と言うよりも本家が持っている大きなシマが欲しいだけにも感じるが」
「さて、それは俺には分かりかねます」
「会社も不動産も全て私の物ではない。私はただ、親父から一時的に預かっているだけ……」
帰るか、と料亭の廊下を行く司。
来た時と同じように本部付きの構成員が屈み、両膝に手を着いて司たちに「御苦労様です」と頭を下げる。
芝山の運転で司は自宅へ戻ることとなった。
変わらず千代子は「お帰りなさい」と出迎えてくれる。
そこにはつい先ほどまであった冷めた目はなく「ただいま」と優しく彼女に返事をするただ一人の男としての司の姿があった。