千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
二人に促され、自宅まで戻って来た司。
昼はもうとっくに過ぎた四時近く、司から帰宅すると連絡を受けた千代子は相変わらずキッチンに立って……ホットケーキを焼いていた。司からの連絡より前からもう支度をしておやつにするつもりだったらしく、シャワーを浴びて部屋着に着替えて来た司にも食べるかどうかを聞く。
それに早く帰って来る日は司が疲れている、と言う事。疲労回復に安易に甘い物を勧める事はしなかったが千代子が思っていたよりも司は食べたかったらしく、自ら皿とカトラリーまで用意し始めた。
「夜ご飯が近いから一枚ずつですよ」
「っふふ、子供じゃないんだから……それで、今日の夕飯のメニューは?」
「メインは豚肉の赤ワイン煮なんですけどブロック肉をこう、一本のまま入れて……司さんが買ってくれた炊飯器凄いんですよ」
今、その炊飯器で煮込んでいる最中なんです、と心底嬉しそうにしている千代子がどうしても可愛くて笑ってしまう司は飲み物も用意しようか、と千代子と一緒にキッチンに立つ事が多くなっていた。
「ちよちゃんは何でも作れるけど、やっぱり趣味だった?」
「そうですね、作る事は……料理って、一番身近で成果がすぐにわかるもの、と言ったら良いんでしょうか。自分が手を加えた分だけ、味に出ますから」
たとえばおでんの大根も面取りをすれば、と話をしながら席について「いただきます」をしてから丁寧にホットケーキを切り分け始める真剣な表情と所作。
寝食とは人を作る――かつて、どうしようもなくなってしまった千代子が荒れた生活をしていた事など想像が出来ない。心の傷となる程に擦り減らされてしまった自己肯定感。それを調理と食事で少しずつ、ゆっくりと癒していたと司は聞かされている。
「そうだ。明日は大きな本屋さんに行きたいので午前中は都内を頻繁に移動していると思います。新宿あたりと……」
「うん、分かった……とは言ってもごめんね、私もちよちゃんを外に出さないとか束縛なんて本当はしたくないんだけどどうしても今、ちょっと」
状況が悪い。
頼りになる松戸も今は千代子にセキュリティタグを持たせたままにした方が良いと言っていた。何かあった時の為に……そんな事、起こさせはしないが、と司も焼き立てのホットケーキを切り分けて口に運ぶ。ほんのりとした甘さとバターの風味は強く張っていた気を緩めてくれるようだった。
そのまま、ゆるやかな二人だけの夕方の時間が流れる。
ソファーの上で司から少し過剰なスキンシップを受けていた千代子。まだ明るい内からこんな、とエプロンごと少し乱されているカットソーの胸元。
先ほどまで司が顔を埋めるようにすりすりと――甘えているのか、そんな感じがして千代子は司の背をそっと撫でていた。やっぱり司さんは疲れてる、と体がソファーに押しつぶされ気味ではあったが千代子も次第に眠くなってきてうとうとと瞼を閉じ、ついには眠ってしまった。
それでも三十分程度、キッチンに鎮座している例の炊飯器が煮込み料理が完成したと教えてくれる。その音に千代子は敏感に反応し、彼女の柔らかな胸元に寄り掛かり、心地よさについ眠ってしまっていた司も同時に起きて「ごめん、痛くなかった?」と体の重さの違いを心配しながら体を起こす。
そしてよほど楽しみだったのか早速、炊飯器の中身を確認しに行ってしまった千代子のふわりと軽やかにはためくエプロンの裾が感情を物語っていた。
彼女とのこんな穏やかな生活は当たり前じゃない。きっと随分と千代子は自分に歩み寄って、寄り添ってくれようとしている。だからこそ、しっかりと守ってあげなければならない、と司もソファーから立って千代子特製の肉料理の様子を見に行く。