千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~


「若、少々良いですか」

 翌日、司の持つオフィスビルの――ウラのセキュリティルーム、本来は司専属ドライバーの控え室である場所から映像のチェックをして欲しいと芝山に連絡が入る。元々、司に近しく接する人間は今川本家の古くからの舎弟、なるべく人は限られていた方が良いとドライバーには兼任で警備も頼んでいた。
 芝山から伝えられた司がパソコンのモニターを指定のカメラ映像に切り替えれば司たちが今、マークしている男の入館してきた姿がリアルタイムで鮮明に映っている。

「別に兄貴にそこまでの恨みみたいな物は無いとは思うんですけどね。俺なんか芝山さんに一日三回はド突き回されてたのに恨んでないもの」

 軽口を交えながら細目でモニターを見る松戸、それを鼻で笑う芝山、そしてやはり冷たさを纏い始める司の目が真っ直ぐに上階用エレベーターに乗り込む男を注視していた。

「芝山、この男が来ると言う連絡は」
「ありませんね」
「さーて、用があるのは兄貴の方か、それとも俺の方か。アポなしだけど今日は兄貴かな~」

 各役員の執務室が入っているフロアはスモークガラスの壁で完全に外界から仕切られており、その手前の受付には専属のコンシェルジュが常駐していた。各上級の役員たちへの取り次ぎは一度、エレベーターから出たそこで留められることになっている。
 フロア入室の為のカードキーは経営者である司の他に表向きは第一秘書である芝山や同グループ内企業の社長職である松戸のような上級の役職者や秘書にしか渡されていない。
 カードキーでの解錠、あるいはコンシェルジュが解除しない限り外側からは非常時以外、物理的に破壊しなければ突破は出来なかった。

 俺ちょっと自分の部屋に戻ってみますね、と松戸が退室していく。結果は松戸の推測の通り、司の方に男は会えるかどうか問うて来たと芝山の社用端末を介してコンシェルジュから連絡が入った。
 その男は以前、自分が持たされている高利貸し、いわゆる街金(マチキン)の規模を拡大して欲しいと直談判に来ていた男、三浦だった。
 興味の無かった司が軽くあしらってしまい、それからも特に“検討”もせずに後回しになっていた案件。

 しかしその三浦が松戸へ個人的に接触しようとしていた事はもう、連合本部の会長に料亭に呼び出された日に松戸からの連絡で司にも知られていた。
 司に確認を取った芝山は通すようコンシェルジュに伝え、程なくして三浦が執務室に入る。

「なあ三浦、お前どうしてそんなに街金に拘るんだ。お前なら他の事業でもやっていけるんじゃないのか?」

 浅く頭を下げている男に同年代の芝山が司の代わりに声を掛ける。

「俺は……司さんが出て行かれてから組長の落胆を知っています。そして司さんが今もご実家に連絡ひとつ入れてねえのも」
「待て。それ以上は不敬になるぞ」

 ぐ、と言葉を飲んだ男に司の表情も険しくなっている。
 この三浦は元々、司の実父である今川修が組長となっている組の構成員だった。頭が回り、街金を任せられていたのだがある時を境に修が一つ、また一つと事業を手放し、本家今川の預かりとなっていた。
 司が実家と連絡を取っていないのは芝山も知る事実ではあったがそれは司の非常にプライベートな話であって舎弟でしかない三浦が口を出すような筋合いはない。

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