千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~


「俺は……ただ、組長と司さんが」
「三浦、止めろ」

 少し声を強めた芝山。そこへちょうど、あまりにもタイミング良く入室してきた松戸は「どうしたンすか?」と何事も無かったかのようにきょとんとした表情で三浦の顔を覗き込む。

「松戸さん……」
「会社でっかくしたい話、でしたっけ……大変ッスよ?俺あんま頭よくないから兄貴と芝山さんいてくれないとまだ全然だし。むしろ算数出来る三浦さんとかいてくれたらスゲー助かるんだけどなァ~」

 なんか、焦ってない?と松戸が三浦の目を凝視するように問いかける。

「そ、そんな事は……」
「兄貴の持ってる事業の中では確かに街金はかなり閑職だけどさ」
「松、もう良い。構ってやるな」
「へーい。あ、でも一個だけ。三浦さん昼メシ食いました?」
「いえ、まだ……」
「じゃ、決定。俺らちょっとメシ行ってきまーす」

 そうして三浦を押し出すように退室させる松戸は来たばかりの司の執務室からまた出て行ってしまった。行ったり来たりとせわしない男だ、と司と芝山はまたパソコンのモニターを監視カメラの映像に切り替えて二人の様子を見る。

 このビル内、どこにも死角は存在しない。
 それを分かっていない三浦は松戸に何度も頭を下げていた。

「俺も松が色々と個人的に詳細を調べていると本人から聞いてましたが……三浦が薫さんと接触する明確な理由が見えなかったんです。ですがどうやら三浦の所の客に一人、かなりの額の多重債務者がいたようで。ソイツが薫さんの所でも相当借りていたらしく……取り立ての現場で両者がカチ合った、と」
「最悪の現場だな。だから街金からは借りるものじゃない」
「あちらも三浦の立場に旨味を見つけたんでしょうな。たとえば……」
「私に近づける、か」

 司の脳裏には一人の男の姿があった。
 同じ今川の血を引く六歳程年上の人間。

従兄(にい)さんは何がしたいんだろうな」
「若のお考えを拝借すれば養子である若を次期連合会長の座に上がらせない……上手くすれば本家の持ち物も横取り……でしたっけ」
「こっちはさっさと失脚する為に動いていると言うのに」

 全く、と司はモニターを横目に溜め息を吐く。
 本部若頭だの会長だのと煩わしい。
 しかし今は状況が少し変わってきている。

 千代子の存在だ。
 彼女とこれから先も何事も無く暮らせるようにするには、組織解体しか道はない。その為にはやはり本部若頭となり会長に近い座を一度、手に入れなければならなかった。
 危険な思想を持つ武闘派を排除し、時代の流れに沿うよう……。

 当代の会長、四代目の中津川が言っていたように司の本部若頭代行への就任を推薦する者達は全員が穏健派の直参、格のある直系組長。彼らももう、移りゆく時代に見切りをつけ始めているらしい。
 シノギなら、司たちのように企業経営と言う道がある。多少の無茶もしながら法のラインをギリギリに攻めるか、それとも……掻い潜るか。道は幾らでもあった。

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