千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
一度ベッドから降りた司がパウダールームまで行き、千代子用のローブを手にして戻って来ると俯いてしまっていた千代子の肩に掛ける。
首筋には襟の高い服でなければ見えてしまうような赤い痕が色濃く残っていた。
だって、千代子の姿が、と自分に都合が良いように正当化しようとしている。
(私は、なんて醜い……)
千代子は一人でローブの袖に腕を通し、胸元を合わせる。
恐怖を物語るように手元が覚束ないのに手伝えることも、謝罪の言葉も司は探し出せない。
「ちょっと……痛かった、です」
いつもの司なら「痛くない?大丈夫?」と常に千代子に声を掛けていた。体の大きさの違いを心配して、痛みや傷にならないか気に掛けてくれていた。その気遣いに応えるように頷いたり「大丈夫」と言葉を返していた千代子から今、正直に言われてしまった。
信頼があるから、されて嫌な事は相手へ伝えようとしている千代子。
司と暮らしてきて、今はもうそれもしっかり言葉で伝えられるようになっていた最中のこの急な出来事。
「司さん、疲れていたんです。きっと……ね?私も、いい歳ですから、大丈夫」
おやすみなさい、とベッドから降りて部屋から出て行ってしまった千代子に何も言えない司は自分の心の弱さに嫌悪する。
そして自分の気質にはやはり、暴力的な部分があるのだと――まだ若かった日々、いわれのない理由で殴られた時に感じた“相手を殺してやりたい”と言う人として一線を越えてしまいそうになったあの全身の血が沸き、騒ぐ衝動は今も忘れず、良くないことなのだと言い聞かせていたのに。
似ても似つかないと思いたいあの激しい衝動を、千代子に向けてしまった。
若かった時に聞かされ続けていた義父からの「本物の強者はその力を上手く使える」との言葉。ゆえに衝動のままに手を出すのは二流のする事だ、と義父の進も自らが持つ鋭さを伏せ、時代の流れを汲み、新しい道を模索しながら生きて来た真の意味で強い人間だった。そんな人物からの言葉を司自身、守って来た筈だった。
千代子の温もりももう消えてしまったベッド。
彼女の体から剥いでしまった寝間着のワンピースや下着を拾ってパウダールームを訪れれば彼女がその奥のバスルームでシャワーを浴びている。
明日、謝らなければならない。
今夜はもう、話しかける資格などない。
眉根を寄せ、どうしようもない自分に気落ちする司はリビングの床で落ちたままになっている千代子の料理雑誌をローテーブルに置いてそのまま寝室へと戻っていく。