千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~


 片やバスルームにいた千代子。
 噛まれ、吸われた首筋や極度の緊張でかいてしまった汗をシャワーで流していればなんとなく気配を感じてスモークガラスの向こうを見る。パウダールームを訪れた司が何かをして、すぐに戻って行ったようだった。
 千代子はボディーソープを含ませたスポンジを握り、最近の司の行動を思い返す。司は経営者としての面と大きな暴力団組織のやはり管理者と言う立場があるのは知っていて……後者の方で何かあったのだろうと思う。
 居場所が分かるように持たされた物も、子供などの見守り以外で普通の恋人同士が持つには本来、ありえない物だ。

 それに司はちゃんと互いの生活面でのプライベートゾーンを提供してくれている。ゲストルームであった部屋は勿論、内側から鍵が掛かる。
 何に於いても十分すぎる程に気を使ってくれる司があんな乱暴な事をするには何か理由があるに違いない。

(でも、私は……)

 千代子は司の回りの人間を知らない。
 唯一、少しばかりの繋がりがあるのは自分を派遣会社の社員として雇ってくれ、引っ越しの際の荷物の運び出しも用立ててくれた松戸。直接的なやり取りはしていなかったが彼は何かと要所で助けてくれている。

(無茶な事を承知で……でも、どうなんだろう……私はただ、司さんが心配で)

 ごしごしと気分を切り替えるように体を洗い、千代子は一つの決断をする。
 そして不安も一緒に洗い流すようにシャワーで泡を流し、バスルームから出る。すると洗面台の上には一枚のワンピース、その下には剥ぎ取られるように脱がされてしまった下着が申し訳なさそうにゆるく畳まれ、置かれていた。

 ・・・

 翌日、フォーマルスーツにヒールを合わせた千代子は商業ビルのフロア案内の前で自分が一応、登録されたままになっている派遣会社の名前を見つけた。
 大きな玄関のあるエントランスフロアは商談などでも使われるのか社外の者でも自由に入ることが出来るコーヒーショップが併設されたカフェテリアやコンビニがあった。
 そんな広いエントランスをただの派遣社員でしかない自分が門前払いされるのを覚悟して歩いていた千代子。

 朝、司とは会えなかった……と言うか、やはりどう接したら良いか分からず早く起きて軽い朝食の支度をしただけで部屋に引っ込んでしまい、会わなかった。いってらっしゃい、も言っていない。

 幸いにも首筋はスタンドカラーのシャツで隠せたので髪をアップにし、きちんとしたメイクをして印象だけでも悪くならないよう整えたが随分と酷い顔をしている事に違いはなかった。

 そんな彼女の姿を目の前で目撃したのはコーヒーショップから新作のチョコレート系フレーバーのアイスドリンク二つを入れた紙袋を手に出て来たばかりの松戸だった。

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