千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
翌日、少し早起きをした千代子。
炊き立てのご飯を軽く冷ましてからラップに盛り、自分で調理した大きな具材を乗せて丁寧に三角の形におにぎりを握る。小さなキッチンの為、おかずがたくさん入ったお弁当を作るのは大変だったので代わりに鮭や高菜、おかかなど具材の多い豪華なおにぎりにした。
付け合わせもささやかながら、昨夜に仕込んでおいたきゅうりと人参の浅漬けを用意している。
今の千代子なりの精一杯の行動。
ご飯粒が硬く潰れないように両手で包み込むように優しく、丁寧に握る。
忙しかった時はコンビニのおにぎり一個とカフェオレだけ、のような昼ご飯。そんな少し前の出来事すら今は思い出すとどうしてもつらくなってしまい、千代子はそれを払拭するように自分をいたわる為のピクニックに向けて準備をする。
今はこざっぱりと片付いているワンルームの小さな部屋も、当時は他人様に見せてはいけないような状態にまでなっていた。
――散らかった部屋の物をすべて、手放してしまいたくなるような強い衝動すらあった。
それを思いとどまらせてくれたのは休日、ごくたまに焼いていたホットケーキ。
元からホットケーキは好きで……そんな好物を作る為に買ったガラスのボウルの存在。プラスチックとは違って傷も付きにくく、ちょとオシャレな雰囲気だけでも楽しみたくて購入した物。
今は自分の為に気が済むまで好きな事をしよう、とどうにか持ち直してからの日はまだまだ浅く、傷ついてしまった心の傷は深いままであった。
すると静かに支度をしていた千代子のスマートフォンが軽やかにメッセージの受信を知らせる。
会社関係の繋がりもみんな切ってしまった今、こんな朝早くに連絡をしてくるのは、と少しだけ期待をして支度をしていた手を止めれば当たり障りのない司からの気軽な朝の挨拶がひとつ、表示されていた。
昨日もいくつかのメッセージを交わしたがその下に続く今日の新しいメッセージに千代子は少し、表情を曇らせる。
(今、仕事を辞めちゃってる事……司さんに言えるかな)
相手は自分とは桁が違う家賃の部屋に住んでおり、それを支払えてしまうような給料を出している場所に勤めているか――あるいは司の事なら会社経営でもしているかもしれない。
自分の事を相談するにはまだ、心の距離が遠過ぎる。
千代子もまた当たり障りのない朝の挨拶を送って途中だった支度を再び進める。
レジャーシートの代わりに芝生に敷いても大丈夫そうな少し厚手のコットンのブランケットも用意したし、保冷剤の入ったミニバッグにおにぎりとおかずが入った容器を納め、お気に入りの紅茶を煮出して入れたマグボトルもいつも使っているトートバッグに詰める。