千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
千代子は自分の思いを言葉にする。
一緒に暮らしているのに、自分はちゃんと謝ってくれた司の事を許したつもりでいたのに。一向に、以前に司からもたらされていたスキンシップすらなくなってしまい……広い家の中、二人で暮らしているのにまるで一人ぼっちのような気がしていた。
司に愛されていたいと、そして愛したいと思い、一緒に暮らしていたのに。
「寂しいのは、いや……」
ぎゅってして、と切なくせがんだ千代子の声。一回り小さな体を壊さないよう優しく抱く司の腕の中に収まった千代子はすり、と彼の墨色の肩に頬を寄せる。
「ちよちゃん」
彼女のすべてが愛しい。
何かを欲しがったりしない千代子が欲しい物、それを与えられるのは司だけだった。
大丈夫かな、と心配になるような情熱的な夜を過ごした二人からやっと熱が引き始める頃。
疲れただろう、とかたわらにとりあえず寝かせていた千代子がゆっくりと起き上がり今日はシャワーを浴びたい、と言う。そこまでの体力が残っているのだろうか、ともちろん千代子が望むなら先に風呂に入らせようとすれば「司さんの背中、流したいんです」と言い出した。
「このまま?」
「どうせもうお互いに裸ですし」
笑っている千代子が「明るい所でよく見せてください」と司の背に彫られている入れ墨の事を言う。
「……ちよちゃん、本当は私にずっと意地悪をしているね?」
なんだか成り行きで千代子と一緒に入ることになったバスルーム。一応、先に千代子を入れてから司も入ったのだが背後で笑っている千代子が「本当に入れ墨ってこんなに細かいものなんですね」と泡立っているスポンジを片手につつつ、とぬるつく指先で巴御前の意匠をなぞる。
こう言うシチュエーションって成人男性向けの動画にあるやつじゃないか、と思っても千代子が「まだ動いちゃ駄目です」と言うので付き合っている。
当の千代子には冷えてしまうから、ともう司がバスタオルを体に巻くように言い、ボディーソープは流されていた。
私も流石に風邪を、と司が思えば首筋にもぬるりと指が伝う。
まずい、と思っても遅かった。
「私はお先に失礼しますね」
明らかに生殺しにされている。
シャワーで手の泡を流すと「どうぞ」とシャワーヘッドを渡され、千代子だけが先に出て行ってしまった。燻る熱を持て余しながらも落ち着くよう、大きく深呼吸をした司は手渡されたシャワーで泡を洗い流し、寝室へと戻れば掛布団をしっかりと掛けて眠そうにしている千代子がいた。
千代子自らの寝室で先に寝てるかな、と思えば、だ。
司は枕元に灯してあった明りを小さく絞るとそのかたわらに横になり、同じように布団を掛け、甘い疲労と心地よさに瞼を閉じようとする。するともぞもぞと隣の千代子が寄ってきて「ふふふ」と小さく笑って……そんな彼女に司が「おやすみ」と優しく声を掛ける今夜は二人にはとても大切で、特別な夜だった。
・・・
千代子と本当の意味で和解をしてから数日後の昼。
本家今川組組長の持ち物である料亭で芝山と松戸を前に軽く自己紹介をする千代子の姿があった。品の良い、それでいてフォーマル過ぎない濃紺のワンピースに小さなピアスが可憐に光る。
終始穏やかな会話を交わし、最近の司に不摂生を許していない千代子の手腕を芝山はとても褒めていた。自分では司の不安定な食生活を止められなかったからだ。
松戸も初めましての素振りで挨拶をしていたが千代子が途中で笑いそうになっている事に気づいて不自然にならない程度で話を切り、司の顔色の良さはやはり千代子のお陰なのだと褒める。
「でもこの感じ、もうとっくに新婚さんじゃないっすか」