千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
何も答えられないでいる客室係の姿が答えになってしまう。
「今の女、探りますか」
「いや……良い。どうせシノギの関係か松戸のオンナだろ」
あんな地味なオンナに興味無えよ、と男は言うが自分の知っている松戸と言う男がああいった大人しそうな女が趣味であると言うのは些か疑問である。
地味な女……千代子の消えて行った廊下を睨むその目はとても暗く、獰猛さをまるで隠していなかった。
化粧室から戻って来た千代子は自らが使っていたワイングラスが欠け、割れてしまった事を知らない。それどころか松戸に「今からお出掛け?」と明るく話を振られて行先を答えている。
食後の軽いお茶を済ませ、呼んだタクシーに千代子だけを乗せる為にその場で見送り、司たちは料亭の客室に残っていた。
「大丈夫ですって。兄貴、仕来たりとか縁起とかそこまで信じてないタイプじゃないッスか」
「若、今日も千代子さんにはセキュリティタグを持たせて」
「ああ……このまま出掛けるなら、と私が確認している」
「兄貴も心配性なくらいで今は良いんですよ」
俺たちは仕事に戻りましょう、と芝山に促されて三人だけで料亭の廊下を歩く。
それを他の個室の戸の影から睨んでいた男は片付けが始まろうとしていたその奥の部屋へとずかずかと入り込み「席順を教えろ」とまるで脅しを掛けるかのように従業員に問う。
「しかし今川様……」
司が座っていたであろう上座の隣を睨む『今川』の姓を持つ男。
使用された席は四席、先ほどまで残っていた三人と既に不在となっている一人の女性の存在。
本家今川組の組長が所有するこの料亭で一等室を気軽に使えるのは組長本人の進を筆頭に今川の姓を持つ者のみ。隠し部屋のように一番奥まった場所にある客室。表門ではなく裏口からの出入りも可能な密談の現場には打って付けの場所。
松戸の女にしては地味であり、芝山の女にしては若過ぎる。
そして一番はそう――その存在を隠そうとしていると言う事は、司の女であることに間違いない。会社関係ならばもっと大所帯になる筈で、側近中の側近のみの食事の席にいたと言うことは。
男はフン、と鼻で笑う。
完璧なまでに隙の無い“御長男”に女が出来ていたとは。
「なあ、司は今どこに住んでいる?」
「長居を避けているのか都内を転々としているようなので……本日中に割りましょう。部下を張らせておきます」
「三浦のような小物じゃイマイチだったんだよなァ。それに“大きな駒”の方も安易に動かすもんじゃねえ……丁度いいモンを見つけたものだ」
不敵な笑み、とはまさに今この男の表情を指すようだった。
たまたま近くに寄り、昼食をとろうとした所で一番奥の座敷まで行くのが面倒な為に手前の個室に通すよう指示していた折に目撃した一人の女性。
その女性は司にとって今、一番大切な人であると察するに値する待遇。
男は部下が更にその下の者に根回しを始めているのを聞きながら一等室を後にする。