千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
荷物が多かったらタクシーで帰っておいで、とは言われていたが結構な額になってしまう事に相変わらず気が引けていた千代子。司からカードを預かっている口座内のお金は自由に引き出して使って良いと言われているがそんな大それた事は出来なかった。それに、少しは自分で稼いだ分もある。
司の部屋の空調は一定を保っている為にいつでも快適ではあった。
だけどもう暑い季節はすぐそばだし、と大きなインテリアショップの中でキッチン用品を眺めていた千代子はこれからの季節に向けて煮出した麦茶や紅茶を入れておく為のガラスのボトルを一つ、手に取る。
アイスコーヒーばかりでは胃が荒れてしまう、との考えではあったがやはり夏は麦茶を煮出さなくてはならない衝動に駆られている千代子は手にしていたボトルをカゴに入れる。次は、と食器の並ぶ棚も眺めていれば前から探していた丁度いい大きさの花弁を模した丸いおしゃれな三つ仕切りの皿を見つけて二枚、カゴの中にそっと入れた。
二人で暮らす為の物を手にして会計に向かう。
司に言われていたようにこれはこっちのお財布、と二人で使う為の物として支払いを済ませる。いつもならスーパーに食材を買い出しに行ったり、生活に必要な消耗品を補充する時にしか開かない財布も今日は少しだけ緩めていた。あまり遠慮をし過ぎても普段忙しい中で心配してくれている司の気持ちを無碍にしてしまっているようで、今日の千代子は“二人で暮らす為だから”と心に留める。
あとは、と千代子なりにショッピングを楽しみながらも昼に談笑をしていた事を思い出して少し笑ってしまいそうになっていた。
松戸の軽い人となりは先に知っていたが芝山もなかなかの人であると判明した。それにしても松戸には司の事のみならず、個人的な仕事の相談など色々と無理を通して貰っている。
今日の昼のセッティングはきっと付き人である芝山が時間を捻出してくれたに違いない。
二人に何かお礼を、と思っても会う機会もほとんど得られない。司にお重箱を持たせて出社させる訳にも行かず……手料理とかちょっと重たい女だし、と悩む。
(そう言えば司さん、最初から私の料理……作る理由はそれなりにあったけどよく考えたら結構無茶な事を言われていた気がする)
それでもその時に自分が出来る事と言ったら、本当にそれだけだった。
ふと、千代子はデパートのショーウィンドウに反射する自分の姿を見て少し、立ち止まる。
小さな部屋で一日中部屋着のまま、気分すら塞ぎ、うずくまることは何回もあった。込み上げてくる心細さをどうにかして生活をしていた頃の自分の姿を思い返せばまだ胸の奥がじくじくと痛くなってしまう。
しかし今日は三人と食事をする為にすっきりとした装いをしていた千代子は静かに息を吐いて背筋を伸ばすときゅ、と口角を上げて前を向き、歩き出す。
(お昼は素敵な創作和食だったから夜はどうしよっかな)
出て来たついでだから、と軽やかにヒールを小さく鳴らす千代子はそのままデパートの中に入っていく。
そしてそのまま白むほどに明るく華やかな化粧品や服飾フロアには目もくれず、真っ直ぐに地下フロアへ……量り売りのお惣菜売り場や質の良い食材を扱っている生鮮食品フロアへと吸い込まれて行ってしまった。
――小一時間後。
荷物が多くなってしまい、タクシードライバーに大きな紙袋をトランクに納めて貰っている千代子がいた。
(ごめんなさい司さん……つい、散財を……そう、お酒をちょっと頂いてしまっていたから……ああもう、勢い任せにやっちゃった……)
案の定、であった。
デパートの大きな紙袋が一つ。そして先に購入していたそこそこ大きいガラスのボトルと皿が二枚入ったインテリアショップの紙袋が一つ。それなりに重さのある二つの紙袋を提げてお出掛け用のヒールを履いたまま電車に乗って歩いて帰るには……流石に遠過ぎた。
マンション付近に着くまで非常に居たたまれない表情をしながら呼び止めたタクシーの車内で司に『今から帰ります』とメッセージを送る。タクシーを使った事も正直に添えて。