千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
千代子にとって大切な、静かな日常。
電車に乗って、行きたいと思っていた都心部の大きな公園へ向かう。
通勤ラッシュももうとっくに終わり、怖い程に人が密集していたホームも今は普通にすれ違えるくらいの人の量になっていた時刻。
春のバラが見頃だと、あらかじめチェックしてきた植物園に寄ってぐるりと一周もすればしっかりとお腹が空く。散策するように日陰を探し、持ってきていたラグの代わりのブランケットを敷くと靴を脱いであがる。
さく、さく、と足裏に感じる芝生の感触。
足を崩して座れば低くなった目線。先ほどとはまた少し違う春の公園の景色になんて贅沢なランチなのだろう、と昼食の用意をしている千代子は思う。
――しかしこの時、自分が辿って来た全ての道のりに同じ人物が付いて回っていた事に千代子は気づいていなかった。取り出したおにぎりを美味しそうに頬張り始める彼女の姿が遠くから、確実に見られている。そして数枚の写真が撮られていた事など千代子は知らずにのんびりと、ゆっくりとした時間を満喫し始めてしまった。
(そう言えば今日は一言もしゃべってないかも……まあ、いっか)
昨日は思いがけずに司と再会し、言葉を交わした。
子供の頃に抱いていた淡い思いはもう良い思い出となっている。でも年上の司にもし今の生活を聞かれたらどうやって伝えたらいいのだろうか。やはり素直に本当の事を伝えた方が司も下手に気を使わずに……千代子は、自分がこうしてあれこれと深く悩んでしまう気質をコンプレックスに思っていた。余計な事まで深く、考え過ぎてしまう。
持ってきていたおにぎりも残す所あと一つ、と言う所でまたスマートフォンが短く鳴る。
司からのメッセージにマメな人だな、と千代子は少し口元をゆるめて文章を確認する。
よくある社交辞令的な朝の挨拶以外の『ちよちゃんはお昼ごはん?』との気軽な伺いのメッセージ。まだ、とてもじゃないが昨日の今日では司に今の自分の状況は言えなかったが無難に『自分で作ったおにぎりを食べています』と送る。
少し素っ気なさ過ぎたかな、と思っているのも束の間で『写真とかあったりする?』と返って来る。具材は色々と豪華ではあったがどうしても見た目が地味なおにぎり三つと付け合わせの浅漬けが入った小さな容器が一つ。一応、自己満足の為に自宅で保冷バッグに入れる前に写真には残してあった。
予防線として『すごく地味ですよ』のメッセージを送信してから画像フォルダにあった写真と具材の詳細を司に送る。
(こんなやり取り、いつ振りだろう)
ちょっと楽しくなってしまっている自分がいた。
数分で返されるメッセージにはありふれた褒め言葉が幾つかと『ちよちゃんは昔から器用だったよね』の自分の内面を知り、覚えてくれていた言葉が添えられていたのだがそれに続く『和食とか好きかな』の一文に画面をなぞっていた千代子の指先はぴたりと止まってしまった。
これは、もしかしなくても。
昨日、お茶に誘われてしまったものの突然だったし、流石に司が住んでいると言う高層マンションの部屋にお邪魔出来るような化粧や服装ではなかった。