千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~


 既に到着している他の組の構成員たちが司に礼をする。
 屈んだ体に軽く曲げて開いた両膝。その膝頭それぞれに手を付き「御苦労様です」と次々に頭を下げるが今は前だけを見つめている司は男達の中を黙って抜ける。
 館内に入れば事実上の若頭である司の到着を出迎える本家今川組の構成員が「親父が控え室でお待ちです」と既に到着しているらしい司の義父、本家今川組組長の存在を教えた。

 お久し振りです、と構成員に出迎えられて通される司と扉の前で一礼をしてその姿を見送る芝山。
 役付きではない単身の松戸がどこかでつっかえていないか心配しつつ、緊張の堅い面持ちを隠せないでいる司の事も心の中で心配しながら扉が閉まるのをただ、頭を下げて見送ることしか出来ない。
 人の目が無ければ気軽に「大丈夫ですよ」と声を掛けていたが場所が場所。

 本家の組長付きのみならず他の組の者たちがいる手前、いつものように「若」と略称で呼ぶことも控えていた。

 舐められてはいけないのだ。
 自分たちは司を守らなくてはならない存在。

 見送る芝山を背に一人、義父が待っていると言う部屋に入った司は深々と立礼をする。

「おお、司。遠かっただろ」
「お久しぶりです、親父」
「まあ座れ。早速だが話は芝から聞いているぞ?」
「聞き出した、の間違いでは……と言うか、どこまで聞き出したんですか」

 失礼します、と対面のソファーに座る司の目の前には義理の父親の進。
 本家今川組組長、関東広域連合会の本部若頭がゆったりと座っていたがやはり肺の悪さから呼吸を補助する機器を傍らに置き、鼻の下には専用のチューブが付けられている。

「俺も昔、お前がまたガキだった時に何回か見たことがあったな。まだ小さい御嬢さんで……目ん玉をひん剥いていたような」
「覚えてらしたんですか」
「ああ、俺の事をバケモノかなんかだと思ってたんじゃねえか?当時の俺は芝よりも体がデカかったもんなあ」

 目ん玉、と司は千代子の感情表現の癖を思い出す。
 それにしてもこの“親父”はそんな昔の事、よく覚えているものだ、と。

「あの子は“良い目”をしていたな」

 今でも変わらねえか?と司をたしなめるように笑う皺の深さ。司は千代子についてどこまで進が調べているのか想像したくなかったが彼らにはそれをやってのける能力も権力もある。
 以前、それを少しだけ司も行使したように。
 義理とは言え、親子でよく似ている。

「司、兄弟……中津川会長からはもう話は行っていると思うが」
「はい……」
「お前はアイツをどうしようと考えている?穏健派の数の方が多いと言えど、武闘派連中だって衰えちゃいねえ。俺ですらこの程度までにしか減らすことは出来なかった。それに今、そいつらを束ねてんのは」
「従兄さん、ですね」
「ああ、お前の方が下だったな」

 ふーっと息を吐く義父もまた、頭を悩ませているように目を細める。

「お前みたいに会社を上手い事回せるヤツじゃねえ。真っ黒の金貸しと闇カジノの抱き合わせ、未成年者を使った派遣風俗、各種詐欺……幾らでも御上(おかみ)に持って行って貰える材料はあるんだが」
「親父や会長がそうされない理由は」
「お前、自分の父親が組の連中ごとシマまで取られてるって知らねえのか」

 俯きがちになっていた司の顔が驚いたように反応し、上がる。

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