千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~


「長いこと連絡取ってねえ事は分かっていたが、本当にお前」
「それは、つまり……」
「お前の父親、修は俺たちにとっての人質だよ」

 そう言った義父は話が長くなった事で少し息苦しそうに軽く咳き込んでしまった。
 司はすぐにソファーから立ち、背中をさする。今でも体格の良い芝山よりも更に大きかった筈の義父の背をさすれば手のひらに背骨が当たる。

「親父……」

 苦しそうに咳き込む声に本家今川の構成員が入室の伺いを立てたので司は「水を、できれば白湯を頼む」と普段から身の回りの世話をしている組長付きの構成員を招き入れるとその場を任せ、退室をする。
 それを少し見た芝山も「親っさん、体が」と声を落とすばかり。

「芝山、松戸はどうした」
「多分……どっかで立ち入りを断られている可能性が。ただのドライバーだと思われてるんだと思いますが松の顔が分かる本家付きの者に呼びに行かせましょう。先ほどソイツを見かけたので」
「ああ、頼む」

 自分はどうすべきか。
 新たに発覚した事実――実の父親のシマが奪われたとは一体。
 これ以上総会を前に義父に話をさせるのは無理だと判断し、義父に付いている者か、兄弟分である四代目会長の中津川なら事の次第を把握しているだろうから後で内密に聞き出せば、と司は少し外の空気を吸おうかと芝山が向かった方面へと廊下を歩き出す。

 略式の立礼ではあったが司が通る度に挨拶がまるで波のように起こった。

 司は深く息を吐く。
 外はもう薄暗くなってきている。千代子は今頃、夕飯の支度をしているのだろうか。彼女の事だから今夜は夜食を用意してくれているに違いない。
 もう、今日の楽しみはそれくらいしかない。
 早く帰って、千代子の「お帰りなさい」に間に合えば。

「ああ……こちらにいましたか、御長男」

 厳かな場にふさわしくない野太く声量のある声に司が振り向く。

「薫……従兄さん」
「本家今川の若頭がお一人でどうされました?変わり映えのしないいつもの二人の姿が見えませんが」

 司の目元が鋭くなる。
 千代子の前では下がる眉もきつく、眉間に皺が寄りそうな程の顔をし、先程の義父との話にも出ていた男に隠しきれない嫌悪の表情を滲ませる。
 司が「薫従兄さん」と呼んだのは“今川三兄弟の次男坊”の息子。司よりも六つ年上の本来ならば格下であった司よりも連合若頭、そして五代目会長の座に一番近かった男――今川薫は一人でいる司の姿を不躾なまでに舐めるように見ていた。

 普段から芝山と松戸だけの付き人しか付けない司と違い、薫の回りには屋内だと言うのに軽く十名程が付いている。司が抱く嫌悪はそこにもあった。いつまでも変わらない極道の世界の因習、悪習そのものは時代の先を見据えている司の目にはどうしても相容れない振る舞いとして映っていたから。

「伯父さんの墓参りにも行かず……申し訳ありません」
「いいんだよ、いい。死んじまったモンは仕方ねえんだよ。なあ、お前も会社経営のお偉いさんとして毎日忙しいだろう。実の父親を見捨ててよォ。親父さんも可哀想になあ……実の息子は兄貴に奪われ、その息子とくれば素知らぬ顔をして“カタギのオンナ”と幸せに暮らしてやがる」

 司が息を飲む。
 今、この男は何と言った。

「それにどうやら今、そのオンナの“行方が分からなくなっている”とか」

 今川の血は闘争の血。
 元から流れているその血が司の線の細い神経に火を点ける。
 予備動作無しに、司の瞬間的に頂点に達した怒りが暴力として振るわれる、その寸前。

「若!!」

 背後から司の肩を強く掴んだ芝山が声を荒らげた。

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