千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
「修、大義だったな」
「いえ……これでも、あの子の父親ですから」
そう言いながら席から立ち、総会を終えて入室して来た中津川に頭を下げる……今川三兄弟の中でも最弱と言われている三次団体の組長である司の実の父親、今川修はそのまま帰り支度を始めてしまう。
「息子には会わないのか」
「ええ、私は兄やあなた方とは違って己の血を呪い続けた臆病者。あの子の……司の持つ才を制御出来る器じゃない。これからも、しかるべき場所で学ばせるべきです」
「お前なあ、せっかくなんだから顔くらい」
中津川の言葉に緩く首を横に振るとジャケットを手に掛けて持ち、会長室から立ち去ろうとする司の実父は「千代子さん」と呼び掛ける。
「司がご迷惑をお掛けして……それも学生の頃からだったそうですね。私はそれすら知らず……」
ありがとう。
礼を言うその声に千代子の瞳が丸くなる。
いつも聞いている司と似た声音、同じ抑揚が向けられている。
「そして今回は本当に申し訳なかった。我々の跡目騒動などに巻き込んで、人拐いのような真似までしてしまってどんなに怖かった事か。こうする事しか今の私には出来なくてね」
深く頭を下げて謝罪する司の実父に「大丈夫ですから、そんな、顔を上げて下さい」と千代子もソファーから立ってどうしたら良いのか、と狼狽えてしまう。
確かに、夕飯の買い物に出ただけだった筈が急にワゴン車の中に引き摺り込まれ、司が自分に持たせてくれたセキュリティタグの意味を、恐怖を、身を以て経験してしまった。
どうしたら良いんだろう、とまだ目を丸くさせている千代子を見据える司の実父はその瞳を見つめる。
「良い目をお持ちだ」
あなたなら、司を。
そう言いかけた時だった。
会長室の扉が静止する者の声を押し退けて破られる。
「千代子!!」
目の前に四代目会長と実父がいるにもかかわらず、目もくれずに千代子の側に早足で寄り、その身を抱き締める。
無事で良かった、と心の底から絞り出すような司の声に身動きの取れない千代子のスカートの裾が揺れる。そして「お父様の前ですよ」と腕の中の千代子が発する場に遠慮した恥ずかしそうな声に気付いた司は体を離してくれたが千代子はソファーにへたり込んでしまう。千代子の未だ知らない司の驚くような力強さによって心臓がばくばくとしてしまい、目は見開いて丸いままだった。
千代子の体に傷一つ付いていない事を確認した司は帰り支度が済んで……自分に会わずに立ち去ろうとしていたらしい実父の方を見る。
「父さん……」
「今、人が手薄になっている薫の事務所に家宅捜査が入っている。私がそう仕向けた」
話し方が、司とよく似ている。
「まあこんな稼業を手広くやっていれば御上とも連絡はある程度取ってるモンだからなあ。俺が司の若頭代行昇格をダシに総会を開けば薫は必ず出て来る。もうヤクザの時代じゃねえんだよ。ああほら、御上のお出ましだ」
一網打尽だよ、と大きなガラス窓の向こうに見える数多の赤色灯を背に呑気な事を言っている中津川は対峙している親子の方を見て言葉を続ける。