千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~


「今日はワルイコトをしたヤツだけ預かって貰うからお前たちは裏口から帰んな。御上にもカタギの御嬢さんを送る事になっていると話は通してある」
「しかし会長、父のみならずあなたにも使用者としての罪が」
「俺たちの世代はパクられるのなんざ一度や二度じゃねえんだ。今更どうでも……これは最後の“新しい世代”のお前たちに向けたケジメってやつだよ。ああ、今回は薫の情報のリークで修はトントン、御咎め無しで(ナシ)つけてやったから」
「な……」
「今、外に出ずにこの建物内に俺の部下によって引き留め、残されている連中は穏健派であり……司、お前がやらかそうとしている通り“連合解散”も視野に入れている連中だ。俺がきっちり仕分けといてやったんだ、感謝しろよ?」

 料亭でサシで話をした際にこの四代目会長の言っていた“隠居生活”の本当の意味。
 片手では足りない今川薫の罪の責任を負う為に収監され、同じように罪を償うと言う事だったと知る司は「会長、いつからそれを考えて」と言葉にしたが中津川はふ、と笑っただけでまた騒がしくなっている会長室の扉の向こうに視線を移す。

「ちょっと、親っさん無理は」
「組長どっからそんな体力」
「おお兄弟!!やってくれたじゃねえか!!」

 もう車椅子に乗り換えましょう、と背後であたふたとしている芝山と松戸。そのまま本家今川組の構成員すらも振り払い、派手に扉を開けて入室して来る司の義父。その姿はまるで先ほどの司のようだった。

「さて、何の事だ?」
「お前は昔からそうなんだ、最後の最後で一番うめえ所を全部持って行きやがって」

 どうやら事の成り行きを知った義父の進は肩で息をしながらも中津川に詰め寄ろうとして血の繋がった弟、修に引き留められる。

「進兄さん、落ち着いて」
「お前もなあ、自分の息子を俺に預けっぱなしにしておいてよォ。司の性格を考えてみろよ、コイツからお前に連絡すると思うか?俺に対する不義理だと思って実家と連絡取るのを遠慮して……」

 どいつもこいつも!!と進は眉間に深く皺を寄せていたがソファーにへたりこむように座ったまま“ホンモノの極道者”の覇気に圧倒され、目を丸くさせて固まってしまっている千代子を見ると「ああ君が司のフィアンセの“ちよちゃん”か。大きくなったな!!」と言ってしまう。
 ぎょっとしたのは司の方で、吹き出しそうになっている松戸が騒然としている現場にくるりと背を向ける。

「親父、その呼び方を一体どこで」
「今さっき松が」
「松戸お前……」
「ついぽろっと」

 外の状況と頃合いを見ていた中津川が「話がまとまらなくなる前にお前たちは帰れ」とソファーに座ったまま、目を見開いて困ってしまっている千代子をここから出してやるのが先だ、と退室を促す。
 芝山も千代子の荷物……日傘と買い物バッグを持ってやり、エスコートは司に任せて松戸に裏口への配車を頼む。

「……それなんですけどウチの車、なんか最初からここ通れるの?みたいな凄い変な場所に通されて……そのまま一人だけ裏口から入れてもらったから俺、マジで迷子になっちゃって。ここの建物、迷路ッスよ」

 だから車を置きに行ってもすぐに戻って来られなかった、と松戸は言う。

 全ては最初から、それは一体いつから計画されていた事なのだろうか。
 司たちは真相を知ることなく、一先ず散々な目に遭ってしまった千代子を連れて連合本部の敷地から出る事となり――事の詳細とこれからについては後に全てを託されている会長付きの構成員を交えて場を設ける、と言う事で決着がついた。

 帰りの車中。
 司の隣で連れ去られた時の様子を話す千代子がいた。

「急に腕を掴まれたからその時は本当に怖くて、叫ぶことも出来なくて……そうしたら司さんによく似た……お父様が同乗されていたんです。本当は私、別の場所に連れて行かれる筈だったみたいなんですが同乗されていた方々は全員、直前にお父様の部下の方に“すり替えられていた”ようで」

 引き摺り込まれたものの、おぼろげではあったが千代子も姿を知っていた人が何度も謝罪をし、この本部に来るまでの道中も、連れて来られてからもお茶を出して貰い、司が来るのをじっと待っていた、と言う。

「薫従兄さんは父さんを懐に引き入れたつもりが策に嵌められ、内側から腹を刺された形に……それにしても実の息子のパートナーだと分かっていながら連れ去るなんてどうかしている。もっと別の穏便な方法をなぜ父さんは思いつかなかったんだ」

 やりすぎだ、と司は自らのブラックスーツのジャケットを薄着の千代子の膝に掛けながら今日、表側の会合ではなく裏側の重要な総会であった事を黙ったまま朝、家を出た事を詫びる。
 うんうん、と頷いて聞いてくれる千代子はやはり相当疲れていたのか暫くすれば司の隣で眠り出してしまった。
 夕飯の買い物に出た筈が拐われてヤクザの総本山に連れ込まれたのだから当たり前ではあったのだが……本当に怪我もなく無事でいてくれた事に司も張りつめていた緊張の糸を緩めるように首元のネクタイを引き下げ、ワイシャツのボタンを一つ、外す。

 静かになっちゃったな、とハンドルを握っていた松戸はルームミラー越しに司の方に頭を傾けて眠っている千代子を見る。そして司も相当疲労が溜まっていたのか、やはり同じように千代子の方に頭を緩く傾けて瞼を閉じている。

 追い越し車線から本線に移りながらギアを一速落とす松戸に芝山が顔を向ける。
 後ろ、と軽く囁いた松戸の声にそっと後部座席の二人を確認した芝山もふ、と笑って……今は静かに寝かせておいてやろうと松戸とは会話をせずに大変な目に遭ってしまった若い二人を見守る事に徹する。
 黒塗りの車は静かに、夜の東京を抜けて行く。

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