千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~


 何より修は実の息子を『優秀な兄に奪われた』と多くの者たちから思われていた。
 しかしそれは外野の憶測でしか無く――その憶測を修は上手く使って派手な振る舞いをしている薫に「私の持つ店を少し手伝ってくれないか?金融の三浦にも声を掛けてくれたんだろう?」と長く癒えぬ傷心を持ったフリをして近づいた。

 薫からすれば自分のシマの拡大と三次とは言え、司の肉親と言う大きな存在を後ろ盾に――半ば人質のように大きな駒として手の内に修を持てる事は三浦よりも遥かに良い旨味だった。

 ヤクザの子はヤクザにしかなれない。
 しかしながら時代はもう大きく変わってきている。
 修はその長きに渡る闘争の血の呪縛から息子を解き放ってやりたかった。しかし司が成長するにつれて判明してきたのは頭脳戦を得意とする鋭い、危険な才能の存在。
 そんな司の素質とは正反対の“武闘派”であった修。自らでは制御が出来ないと判断し、司と同じ才のある長兄、進の居る本家へと養子に出す事をまだ司が幼かった当時から腹に決めていた。

 その進もまた、先に生まれていた長弟のところの薫ではなく、まだ幼い司の方を特に気に掛けていたのも早々に自らとどこか似た物を感じ取っていたからなのかもしれない、と後に設けられた今回の顛末を吐かせる――話をさせる為に呼んだ親子二人だけの食事の席で司は直接、修から聞かされていた。
 見た目はともかく進兄さんとお前はよく似ているよ、と。

 そして薫の、時代にそぐわぬ振る舞いを次兄に代わって終止符を打たせようと中津川と共に、今川三兄弟の長男である進にすら知らせずに裏で手を回し、様々な黒い犯罪に対し“懲役”と言う結末で強制的にケジメをつけさせる事に成功した。

 全ては彼ら、父親たちの手の内だった。
 司の“組織の解散”と言う魂胆も何もかもがお見通し、と言うよりもその計画は自分たちが生まれる前から既に始まっており……四代目や義父、そして実父も極道の世界の終焉を望んでいた。

 その長きに渡る計画が今、実ろうとしている。

 あまりにも巨大な組織ゆえに解体に着手してから、もうどれだけの月日が経ってしまったか。
 それでも着実に、義父の元で教育を受けた司によって新時代の為の、解体の為の地盤は固まった。
 これから先、日陰にいた者たちもそれぞれが納得する形で日の当たる道を歩けるよう、世間からはぐれてしまった者達の受け皿となり――司たちは今、最後の始末を任されて奔走している。

「結局は父さんの指示で三浦の店は無くなってしまったが」
「みーちゃんサン、算数めっちゃ出来るからウチの経理部に入って貰う予定なんスよ。カネ勘定ちゃんとしてなきゃ今どき小さい街金なんてやっていけないですからね。維持させていただけの腕はあります」

 酒をやめて千代子が作り置きしておいた麦茶の入っているガラスのボトルに手を伸ばす松戸に「焼けましたよ」とすでに四つ切りにしてきた焼き立てのホットケーキを持ってきてくれる千代子。そのエプロンの裾は今日も軽やかに揺れている。

「松戸さんはチョコレートシロップ、お好きですか?」
「え、あ~……」

 これは以前、千代子が一人でカチコミ――司の事を聞きに会社まで訪れた際に互いに口にしたコーヒーショップのアイスチョコレートドリンクをなぞっている事に気が付いた松戸は「お願いします」と頭を下げる。

 掛けちゃいますね、と松戸を甘やかす千代子に少し不服そうな司の視線。
 それを見ていた芝山が「一切れくれ」と言い、さらには司も「私も」と言い出してしまい結局、松戸には二切れだけが残る。
 半分になっちゃった、と松戸はしょぼしょぼしながらも千代子の持つ雰囲気のように甘く、優しい口当たりのホットケーキを大切に味わう。

 キッチンに戻った千代子はホットケーキの人気に「まだありますから」と嬉しそうに口元をほころばせながらもう一枚、切り分け始める。


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