千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
昼間とは打って変わって静かになったリビングの明りは落ち、司の書斎兼寝室には小さな明りが一つ、灯る。
片付けは明日一緒に、と司はもう千代子をベッドの上に寝かせていた。
「今日はご機嫌さんでしたね」
ふふ、と腕を伸ばした千代子が司の素肌の背に触れる。
その背には確かに墨色が彫られているが千代子はまるで慈しむような手つきで優しく撫でた。
「でも……本当に良いの?」
司は自身が結構な量の酒を……それこそ久しぶりに飲んで正常な判断が出来ない可能性を千代子に伝える。また抑えられない衝動に駆られて酷い事をしてしまわないか、それだけが心配だった。
今日は初めて千代子が「一緒に寝ませんか?」と誘ってくれた。
しかも素肌にバスローブを羽織った姿のまま、恥ずかしそうに笑っていた事には司も口元を手で覆い、感無量だった。
「もう、そんなに心配しないでください」
大丈夫、と言う千代子の少し細められた眼差しと緩く弧を描く唇が年相応の艶をたたえ、それはまるで司に言い聞かせているようで――年齢が逆転しているかのような感覚に司は少し、息を飲む。
やはり千代子は強く、美しい人。
料理をしている姿も、こうして一緒にベッドを共にする時もこんなにも惹かれてしまう。
唇と唇が擦り合うように、それからほんの少しの舌先が当たって。ひとしきり淡い戯れを交わせば細い指先がぎゅうと司の体を引き寄せる。
のし掛かってしまう司が「重くない?」と問いかけても千代子はそのままで何か考えたように司の肩口に珍しく唇を押し当てて、吸う。
その辺りには、牡丹の花の意匠が彫られていた筈。
ちゅ、と音が立って唇が離される。
「上手くできませんね」
どうやら司の色彩を入れていないモノトーンの皮膚に淡い色のキスマークを残そうとしていたらしい。思ったより色がつかなかったのか少し不服そうに言うがその行為はあまりにも柔らかで痛みなど何もなく、司の熱を徒に煽るばかりだった。
「司さん……?」
「ちよちゃん、今の……本当、駄目……」
深く息を吐いた司が半身を起こして立ち膝になると下りていた髪を掻き上げ、千代子に吸われた部分を確かめるように見て、指先で触れる。
その際、枕に頭を乗せていた千代子はちょうど視界に司の筋肉質な腹筋の……その下にある物を見てしまった。
「え、あ……あらら……」
ついに目撃してしまった司の熱い猛り。普段は怖くならないように、見ないようにしていたちょっと自分には大きすぎるのではないかな、と言う物を見てしまい、寝かされているにも関わらず後ずさりをしようとしてしまう。
いつも、そんな感じなのだろうか。
「ちよちゃんの肌の方が柔らかいから、残しやすいんだけど……ああ、」
見ちゃった?と問う司に視線を泳がせても遅く、千代子は今からそれが自分の中で……色々な事をされるのだと察知してしまい、勝手に赤くなる顔を隠そうにも剥されたバスローブの上には司も乗っているので引き寄せられない。
互いに深い愛情を求めているのだと分かっていても、恥ずかしい物は恥ずかしい。
「ゆっくり、しよっか」
それって、と千代子も司が優しくしてくれているのはよく分かるがいつまでも続いてしまったら身が持たないかもしれない。それに、ついに見てしまった司の方もいつまでもそのままではつらいのではないだろうか、と思う。
「つか、さ、さん……」
「うん?」
「いつも、わたしばっかり……し、てもらって……わたし、なにも」
大丈夫だよ、と千代子の耳元で囁くように、内緒話でもするように言う司は「今日はちよちゃんから誘ってくれたし、その気持ちだけで十分」とそのまま千代子の手を取り、なめらかな手の甲にキスをする。司は今、少しでも自分の熱に触れられでもしたら……正直なところ、言葉や態度では余裕を見せているが限界はすぐ近くにあった。
ふと、手に取った千代子の手が左手である事に気が付いて……その薬指は一緒に暮らしはじめてから暫く経っていると言うのに素のままで、何も無かった。
大切な事を忘れていた。
千代子に寂しい思いをさせないようにとあれこれ考えていた癖に、と司はそのまま器用に千代子の薬指を持ち上げて少しきつく吸い上げる。
「あ……ッ……」
千代子も司の行動の意味に気が付いて瞳の潤みが増してしまう。
「もっと早くに気が付くべきだった」