千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~


 千代子が暮らしやすいように気にしていたのに、色々あったとは言えどうしてこの肝心な部分を一番後回しにしてしまっていたのか。
 自らに失望を始める司は「すぐに買いに行こう」と真剣な声で言うが今、自分たちはベッドの上で濃密な時間を共有している真っ最中。

「今はこれで、赦して」

 うっすらと薬指の関節に色が付く。
 すると千代子も司に指先を差し出して欲しいと掴んで引き寄せ、ちゅうちゅうと薬指の関節を拙く吸ってしまう。あのときの、千代子は無意識だったが指の先を吸われた記憶が……けれど今は、もう。
 司はいよいよ自分の限界を知る。
 こんな小さな親愛の行為ですら今の司にはとても耐えられそうにない物となっていた。

「千代子……」

 夜を共にするときの司の声。名前を囁かれるたびに千代子は心も体も切なくなってつい、司にしがみついてしまう。
 司も千代子の強く求める気持ちを汲むと手を取って、一回り小さな体を抱き締めればいつしかお互いの肌は薄く滲んだ汗であまり滑らなくなっていた。それでも千代子はすりすりと甘えるように頬を寄せる仕草をするものだから司は少し向きを変えて唇を、と互いにそっと重ね合わせる。

 ふ、と息が苦しくなって唇を離せばうっとりと幸せそうな表情をしている千代子に司も頭を傾け、千代子がしてくれたように愛情を伝える為に頬を寄せる。
 その仕草を慈しむように、千代子は司の背に手を置いてしっかりと抱き締めていた。

 ・・・

 季節は秋の昼下がり、場所は銀座の目抜通りにあるジュエリーショップ。
 千代子は並ぶ数字のゼロの多さをあまりじろじろと見ないようにしていた。
 ペアリングを、との司からの申し出にどこか希望のブランドやショップなどがあるか聞かれた千代子は雑誌で見た素敵なジュエリーがどこのブランドだったのか今になって思い出せないでいた。

 千代子と司は今、初めてのデートと言う物をしている。
 同棲からスタートしてしまった事と、司も色々と大変だったせいもあり時間は経ってしまったがやっと、二人だけでゆっくり出掛ける日を作った。
 相変わらず……以前にも増して司は忙しかったが千代子の支えのお陰で心身のバランスを崩す事なく生活をしている。

 あれからの関東広域連合は解体の運びを取り、週刊誌などでも取り上げられはしたがやはりもう時代ではないのか、そのまま沈静化が進んでいる。解散の為の役員となっている司の粗を探しても何も出てこない。司はヤクザの子、であるだけで今は青年実業家の面しかなく、その体に彫られているカラス彫りの渋い墨一色の彫り物を知っているのはごく僅かな近しい者たちのみ。

 千代子はそれをしげしげと観察しては指先ですりすりと触り、痺れを切らした司に襲われそうになってはいたが。

 本家今川組、並びに司の実家の組も規模を大幅に縮小……事務的な後処理などの為に執行部や役付きたちが残っているだけのような状態になりつつある。

 二人は一店舗目を出て、通りを歩いてた。
 歩行者天国の道路って不思議な感覚ですよね、と千代子のヒールが小さく鳴り、膝下丈のスカートは歩く度にふわふわと揺れてまさしく“ご機嫌さん”な様子。
 そんな千代子の姿を嬉しく思いながら隣で見ていた司が「婚約指輪はまだ早いかな」と話しかければヒールの足音が止み、立ち止まったまま黙ってしまう。

「ごめんごめん、困らせるつもりは」
「……お願いします」

 柔らかい色合いの口紅で彩られた千代子の唇が小さく動く。
 雑踏の中では掻き消えてしまいそうな程の声だったが司の耳にはちゃんと届く。

「私はちよちゃんの前ではとんでもないふつつか者ですが、こちらこそ」

 司は身をかがめ、同じようにひそやかな声で「よろしくね」と声を落とす。
 雰囲気からなんとなく、泣き出してしまいそうになってる千代子の指先を手に取った司はどこか落ち着ける場所に連れて行こうかと辺りを軽く見回す。

「あの、司さん」
「うん?」
「大人同士が、手を繋いで歩いても良いんでしょうか」

 離れ離れになっていた学生時代。
 千代子が家の都合で引っ越してしまわなかったら、連絡先を交換していたなら。
 そのまま、堂々と手を繋いで歩けていただろうか。

 それは分からない。
 今だから、今から始めたいと思った事をひとつひとつ、二人で実現させていきたい。そんな思いを司は胸に秘め、にこっと千代子に笑いかけるとその手をしっかりと握って「あんみつ屋さん、行ってみる?」と誘う。
 力強く握られた手。うんうん、と頷く千代子。
 歩幅も違うヒールの千代子の手を引き、ゆっくりとエスコートしながら昼の銀座を歩くカジュアルスーツ姿の司は今日も完璧な男、そのものだった。

(司さんはやっぱり格好いいな)

 こうして外で見る司はやはり千代子には輝いて見えていた。
 すれ違う他人の視線すら千代子にもはっきり分かってしまう程で――それでも司は何も気にせず、自分に対して気遣いを見せてくれるばかり。優しい人、と千代子は安心してその隣を歩く。歩幅もきっと随分と気遣って合わせてくれている事を感じながら、繋いだ指先をしっかりと握る。


 そして再び、ハイブランドの店に二人は入る。
 半ばプロポーズのような司の言葉に頬に熱があがってしまったがひんやりとアイスクリームの乗ったあんみつで少し落ち着いていた千代子。司に「入ってみる?」と軽く言われて入ったジュエリーブランドのロゴに恐れおののいていた。
 雑誌でも度々見る、定番中の定番ではあるがやはり本物を目の前で見るとストーンのカットや細工の繊細さに目を奪われてしまう。
 ペアリングを探している、と司に言われたスタッフに案内され、今日はまだ色々と見たい、とすぐには決めない事を司が店員に伝えているが予算は特に、と上限が無い事をさらっと言いのけていた。

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