冷酷非道な精霊公爵様は偽物の悪役令嬢を離さない
「あの、それでさっきのは一体?」
「ああ、あれは、精霊の試験だ。俺が精霊公爵と言われているのは、精霊を使って政まつりごとに関わっているからなのは知っているだろう?ハイルトン家は代々精霊と契約を交わし、その力を国のために使ってきた。結婚する相手も、精霊によってこの家にふさわしい人間かどうか試されるんだ」

 つまり、先ほどの失礼な男性は精霊が化けた姿で、アベリアを試していたと言うことになる。

「精霊に認められられず、むしろ気に食わないと思われてしまった場合は危害を加えられることもある。だから、精霊による試験は俺がアベリアと一緒にいる時にしてくれと約束していたんだ。それなのに、気が変わったからって俺のいない時に勝手に試すなんて……アベリアが無事で本当によかった」

 ホッとしながら眉を下げフェイズは微笑んだ。フェイズのアベリアを気遣う様子にアベリアの胸はときめく。

「それにしても、人嫌いで気難しいあの精霊たちに気に入られるなんてアベリアはすごいな」
「そうなんですか?」

 先ほどの精霊たちの会話は随分と楽しそうだったから意外だ。アベリアが不思議そうに尋ねると、フェイズは苦笑しながら言う。

「俺自身が人嫌いなのももちろんだけど、精霊も人との関わりを好まない。だから精霊公爵は政に関わっていても決して表舞台には姿をあらわさない。そのせいで、いろいろな噂が勝手に流れてしまうんだが」
「なるほど」

 納得してアベリアが頷くと、フェイズは不安そうな顔でアベリアを見つめる。

「フェイズ様?」
「……君は精霊に気に入られた。精霊の言う通り、君に拒否権はない。拒否すれば精霊に危害を加えられ、最悪命の危険もある。もうこの家から逃げることも許されないんだ。こんなことになってすまない。君の気持ちを無視するような形になってしまって……本当は、君の気持ちを確認してから精霊の試験を行うつもりだったんだ。精霊の試験を受ける前であれば、婚約を解消することも、この家から出て行くことも可能だ。でも、もうそれも叶わない。君がどう思おうと、俺と結婚しなければならないんだ」

 神妙な顔で、フェイズはそう言うと俯く。フェイズはアベリアの気持ちを尊重しようとしてくれていた。それが嬉しくてアベリアは思わず頬を緩める。

「フェイズ様、お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です。私はこちらに来る時に覚悟を決めてきました。どんな場所であれ状況であれ、その場所で幸せを見つけてみせると。それに、ここは私にとって実家よりも安らげる場所なんです。フェイズ様の婚約者になれてよかったと今では心から思っています」

 アベリアがそう言って嬉しそうに微笑むと、フェイズは目を大きく見開いてアベリアをじっと見つめる。そして、いつの間にかアベリアを抱きしめていた。

「ありがとう、そんな風に言ってくれて。俺も、アベリアが婚約者で、俺の結婚相手で本当によかった。ありがとう」

 アベリアは驚いたが、すぐに微笑んでフェイズの背中にそっと手を回して優しく抱きしめ返した。
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