冷酷非道な精霊公爵様は偽物の悪役令嬢を離さない


 部屋に戻ったアベリアは、部屋の中央でうずくまる。

(私は、私は本当にどこまでもこの家に必要とされていなかったんだわ)

 イザベラさえ生まれなければ。そう思った時もあった。だが、そう思ったところで何かが変わるわけでもない。ただ、自分はこの家にいても良いと思われたかったし思いたかった。そのために、なるべく控えめにいるよう心がけ、諍いを起こさず、イザベラの仕打ちにもずっと耐えてきたのだ。

 でも、全て無駄だった。結局自分はいらない人間で、イザベラのかわりに精霊公爵の元へ一方的に嫁がされるのだ。じわじわと目元に涙が浮かぶ。悔しい、こんなことで泣きたくない。でも、涙は勝手に溢れてしまう。

 精霊公爵、フェイズ・ハイルトンの噂は良くないものばかりだ。冷酷非道で好き嫌いが激しく、気に入らないものはすぐに切って捨てる。無類の女好きで女遊びが激しく、舞踏会に出ては女を漁り、毎回違う令嬢を部屋に連れ混んでいる。どこまでが本当なのかわからないし余計な尾鰭も付いているのかもしれないが、火のない所に煙は立たないという言葉がもしも当てはまるとしたら。

(あれこれ考えても仕方ないわね、私に選択肢も決定権もないのだもの。とにかく、行って自分の目で確かめるしかないわ)

 目元を手で擦って立ち上がると、アベリアはフーッと大きく深呼吸する。そして、荷物をまとめる準備を始めた。
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