私の人生は私のものです

9   伯爵令嬢の真意 ①

 荷造りを終えたノエラが役所まで来てくれたので、この場で別れることになった。

「今までありがとう。私のせいで職を失うことになるのが申し訳ないわ」
「小遣い稼ぎにと思って始めた仕事です。サブリナ様はご自身のことを優先に考えてくださいませ」
「……ありがとう。ノエラも家族と幸せに暮らしてね」
「ありがとうございます」

 落ち着いたらまた会う約束をしてノエラと別れ、馬車に乗ってワイズ公爵邸に向かった。

 行く当てがないから伯父様の家に転がり込むことになるけど、この話をお父様が知ったら絶対に文句を言いに来るわね。

「浮かない顔してるなあ。オルドリン伯爵にまだ未練があるとか言わないよね?」
「それはないわ。これからのことを考えると気が重いだけよ。私自身だけじゃなく、あなたのご両親に迷惑をかけてしまうと思うし」
「クズ叔父のことを言ってる?」
「そうよ」
「大丈夫だよ。うちの親父があんなクズに負けるわけないじゃん」
「負ける負けないとかいう問題じゃないの。迷惑をかけてしまうって言っているのよ。それに、伯母様は関係ないでしょう」

 お父様のことだ。
 事情を話しても、離婚したことは恥だと言うに決まってる。
 
 きっと、実家に連れ戻して罰を与えるとか言い出すに違いないわ。

「親父はクズ叔父に迷惑をかけられてるのは昔からだから慣れてると思うし、サブリナのためだから迷惑じゃないって。少なくともうちの両親は善人だからね」
「あなたは善人じゃないの?」
「善人ではないな。普通の人」
「そうかしら。私にはあなたも良い人に思えるわ」
「それはどうもありがとう。でも、サブリナは純粋すぎるから気をつけたほうがいいと思う。これから会う人は言いたいことははっきり言う人だからね」

 これから会う人というのは、ワイズ公爵令息のことよね。

 そんなに怖い人なのかしら。

 彼とは挨拶くらいしかしたことがないし、ゼノンから話を聞いているくらいだ。

 でも、パーティーの時のワイズ公爵はとても怖かった。
 ちゃんと話ができるか心配だわ。





*****




 ワイズ公爵邸に着き、御者に扉を開けてもらうとドアマンが駆け寄ってきた。

「申し訳ございません。現在、リファルド様はエントランスホールでお客様とお話中でして」
「かまわないよ。ここで待ったほうが良いかな」
「テラスには庭から回れますので、そちらにご案内するようにと仰せつかっております」

 あとからやって来たメイドがそう答えると、私達をテラスまで案内してくれた。

 待っている間に読んでおいてほしいと渡されたのは、今日の夕刊の内容だった。

 ワイズ公爵令息とラファイ伯爵令嬢の婚約が解消され、その理由はラファイ伯爵令嬢が不義を働いたからだと書かれていた。

 相手の名前はここには書かれていない。
 でも、ゴシップ記事にはわかるように書かれていたし、街の人は皆知っていたから意味がないわね。

「ワイズ公爵家は新聞社を持ってるから、そこに一番に書かせたみたいだ」

 ゼノンが言ったところで、ワイズ公爵令息がやって来た。

「待たせたな」
「本当だよ。僕は忙しいって言うのにさ」
「では、お前だけ帰れ。用事があるのはオルドリン伯爵夫人だけなんだ。お前はいらん」
「お、そのことなんだけど、もうオルドリン伯爵夫人じゃないんだよなあ」
「……どういうことだ?」

 ワイズ公爵令息は眉根を寄せて、ゼノンに聞き返した。

 私のことなんだもの。
 自分で話をしないといけないわよね。

 ワイズ公爵令息が席につくと、私は立ち上がって頭を下げる。

「元夫がご迷惑をおかけし誠に申し訳ございませんでした。お詫び申し上げます。先ほど、役所に行ってまいりまして無事に離婚届が受理されましたので、元オルドリン伯爵夫人になりましたことを報告いたします」
「元オルドリン伯爵夫人は長いから、サブリナって呼んだらいいよ」

 呑気そうに言うゼノンにワイズ公爵令息は、ため息を吐いた。

「もう既婚者じゃないというのであれば、サブリナ嬢と呼ばせてもらう。俺のことはワイズ卿、もしくはリファルドで良い。ワイズ公爵令息は長い」
「リファルドって呼んだらいいと思う」

 またゼノンが口を出してきた。
 
 無礼な態度ではあるけれど、ゼノンがいるから緊張しなくてすむわ。

「では、リファルド様と呼ばせていただきます」

 軽く一礼してから、椅子に座り直して朝の出来事を簡単に話すと、リファルド様まで「離婚成立おめでとう」と言った。

「ありがとうございます」
「ラファイ伯爵令嬢とオルドリン伯爵の関係は何となくは把握していたが、あそこまで深い仲になっているとは思っていなかった。婚約者が公爵令息なんだから、普通なら馬鹿な真似はしないと思っていたんだ。放置していた俺にも責任はあると思っている。そこは申し訳ない」
「いいえ。私がもっと早くに自分で気づくべきでした。でもまさか、昔から二人がつながっていただなんて思ってもいませんでした」

 何度も首を振ると、リファルド様はゼノンに目を向ける。

「ゼノン、あの話はしたのか」
「いや。あまりにもクソすぎてしてない」
「どうするつもりだ」
「リファルドから言ってくれよ」
「……しょうがないな」

 リファルド様は気怠げな表情で頷くと、私に顔を向けて話し始める。

「サブリナ嬢の父であるエイトン子爵と先代のオルドリン夫人は弱いものをいたぶるという共通の趣味があり、昔から仲が良かったんだ。エイトン子爵は昔、動物虐待でも問題を起こしている」

 最低な父親だと思っていたけど、思った以上だったわ。

 素直な気持ちを吐き出そうとした時、中年の男性がやって来て発言の許可を取ると、私に話しかけてきた。

「ラファイ伯爵令嬢がオルドリン伯爵夫人にどうしても謝りたいと言って押しかけてきています。こちらにはいないとお伝えしてもよろしいでしょうか」
「僕の家の馬車を見たから、そんなことを言ってるんだろう」

 そう言うと、ゼノンは「ごめん」と手を合わせてきた。

「あなたは悪くないわ。でも、どうして私に謝ろうとしているのかしら」
「過去のことを持ち出されたくないんだろう。ラファイ伯爵と話をしたが、いじめをしているんじゃないかという話を当時も把握していたが、本人が違うと言うから詳しく調べなかったらしい。でも、俺が事実だと伝えると、かなり立腹していたからな」

 リファルド様は意地の悪い笑みを浮かべる。

「どうするんだ。謝らせるだけ謝らせるか。個人的には許さないでほしい。どうせ許してもらわない限り家に入れないとでも言われたんだろうからな」
「許すつもりはありません。私は会いたくないんですが、きっと、向こうは必死ですし、しつこく追い回してきますよね」

 向こうは追い出されたとはいえ、伯爵令嬢。
 私は元伯爵夫人で実家の籍に戻れたとしても子爵令嬢だから、向こうのほうが格上だ。
 いつかは会わざるを得なくなる。

「謝罪を受け入れるかは別として、どうして謝る気になったのかだけ聞いてみたいと思います」
「向こうは必死に謝ってくると思うぞ」

 リファルド様は楽しそうに笑って言った。

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